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国際NGO / NPO法人 ロシナンテス

両親のスーダン滞在、最終日

昨日、診療所のあるガダーレフ州から首都ハルツームに帰ってきました。
片道500キロ、往復1000キロ、所要時間は往復で15時間くらいだったでしょうか。

父親82歳、母親76歳
でも、元気にしております。

道中、父親が、アフリカ・スーダンの雄大な風景を見て
「まるで宇宙に来たようだ」
母親は
「そんな表現はないんじゃない」
とは、言いながら、
私は、「82歳にもなって、そのようなことを感動して表現できることは素晴らしいんじゃない」
と思います。

ハサバッラ村のハサンにも、大変お世話になりました。

また、ロシナンテススタッフの働きも、見てもらいました。
両親とも、非常に感心しておりました。

今回は、多くのスーダンの方々から招待を受けました。
ハルツーム大学の前学長
フィデール病院の院長
イブン・シーナ病院の医師
オムドルマン・イスラミック大学の先生
ガダーレフ保健省の医師
ジェジーラ大学の先生
そして、ハサバッラ村でのハサン

皆様方に本当に感謝しております。

東北の亘理町で知り合った高校生からメールが来ました。
「今どこにいる?」
「スーダン」
「何してるの?」
「外交」
「外交って何?」
「このまえ、おじいちゃんのところに行ったでしょ、あれも外交」
「そうか、人の家を訪問することが外交なんだ!」

こんなメールのやり取りをしました。

外交って、実はこんなことかもしれません。
人の家に上がります。そして食事を一緒にします。
そこには、近況を知らせる話から、日本の津波の被害の状況、南北スーダンの様子、今後のスーダン状況、
さらに仕事の話もします。
また、その家の中の様子、そして家族の方からの話もとても参考になります。

外交の基本って、そんなものなのかな、と思います。

日本では、客人を家に招くことは、以前と比べてあまり行われなくなった感じがします。
外で、食事をする、というのが、面倒くさくなくって、好まれるからでしょうか。

日本の外交力のなさが、こんなことにつながっていることと考えると、ほんの小さなことでも
日本の外交を立て直す機会が、転がっている感じがします。

大げさに言うと、日本の外交を行ってもらった我が両親をあとは、無事に日本に連れ帰ることのみです。

しかし、大きな問題が起こってきました。
私自身に関することです。
スーダンの手続き上のことですが、いやはやどうなることやら、

川原尚行

更新日時: 2011年11月29日
両親をガダーレフに

今、私のスーダンの知人である医師らに連日連夜招かれ続けています。
私の両親を連れてきている為で、スーダン人医師たちは、それぞれ日本で我が家にお泊めした方ばかりです。

両親がいうには、「本当に素晴らしい方たちだね。」
さらに、「すごい豪邸に住んでいるのね」

これも事実であり、都心部でプライベートクリニックを開業されている先生方は、お金が入ってくる仕組みになっています。

医師は、みな金持ちか?というと、これは真実ではなく、仕事がない医師やお金のない医師ももちろんいます。

ムスタファ・ハルツーム大学前学長によると
スーダンでは医師の7割から8割くらいが首都に集中している。
そして、だれも地方に行きたがらない。
なぜか、お金持ちは子供達を医学部に行かせたくて、医学部のある大学はスーダンに32もある。
お金を求める医師は、湾岸諸国や欧州に行ってしまう。

これが、現状でしょうか。
日本でも医療過疎の問題はありますが、スーダンはもっと深刻です。

昨日、招かれた医師のお父様は、86歳でお元気にされていましたが
この方は、メディカルアシスタント(医師ではありませんが、田舎では医師の役割をします。)として、ダルフールで活躍したそうです。
その当時は、今よりも医療制度はよく、地方でも質の良い医療が行われていた、とのことです。
今から50年くらい前の話です。

我々人類は、何をしてきたのか?
とふと、思うことがあります。

スーダンのみでなく、日本でも昔の方が良かったのに、と思うことが多々あります。
もちろん、それだから昔に戻れ!ということでもありません。

しかし、時を経て、改善はおろか改悪を行ってきたことは、数多くあるように思えます。
一人一人が、私欲に走りすぎたのかもしれません。

と、こんなことを思う昨夜でした。

今日から、両親を連れて、ロシナンテスの診療所のあるガダーレフ州に行きます。
多くの先生方が、「川原、それはやめておけ、お前の両親は高齢すぎる!」
と言ってくれますが、
村のハサンは、
「村人総勢で、川原の両親を迎える!」
と言ってくれております。

それを聞いた、私の父は
「それならば、いかねばならぬ」
と、疲れを見せずに言ってくれております。

もちろん、十分な配慮をして向かいます。

ここは、また別のスーダンがあります。
首都のハルツームだけでは、ある一面しか見ないことになります。
何事も、あらゆる角度から、物事を見ていかないといけません。

物質的には何もないけれど、でも、素晴らしいものがあります。
それを両親にも見てもらいたいのです。

川原尚行

更新日時: 2011年11月27日
大勢での食事

昨日は、ハルツーム大学の前学長の家からロシナンテス事務所に両親を連れてきました。
夜は、母の手料理による日本食です。

事務所の駐車場スペースにゴザを敷き、車座になっての食事です。
総勢14名です。

途中、しげちゃん(元ロッシースタッフで、現大使館スタッフ)が岩間さんの結婚式の写真を紹介し
盛り上がりました。

今日の昼食も同様に母の手料理でスタッフ全員で食事をしました。
父が言います。
「大勢で食事をすると美味しいね」

このシンプルな一言は、真実を言い当てているものだと思います。

どんなに美味しい食事でも、それがミシュランの三ツ星レストランでも、一人で食べても
たいして美味しいものと感じないでしょう。

もし、私が作った料理でたいした味でないものでも、みんなで食べれば多少は美味しく食べられるのかなと

東北の事業でも、ボランティアさんを交えて一緒に食事をします。
スーダンの人たちも、ほとんどの場合はみんなで食事を食べます。

極めてシンプルなところに、ちょっとした答が潜んでいるように思えます。

忙しさの中で個食するより、一緒に誰かと食事をしようと考えたら、楽しい人生になると思いますよ。

川原尚行

更新日時: 2011年11月24日
南スーダンとの交流

昨日、南スーダンの人が、ロッシー事務所を訪れました。

天の川プロジェクト(南北スーダンの子供たちを日本へ連れて行った事業)のように
12月1日、2日でエイズキャンペーンとスポーツイベントを実行したいが、協力してくれ、との依頼です。

あと1週間くらいしかなく、準備期間も少なく難しいと答えますが、一日でも早く開催したいようです。
理由は、南スーダンに戻る人たちが多く、一日遅れると、北部にいる南スーダンの子供たちが少なくなるとのことです。

彼らの団体自身も来年3月には、北部のハルツームから、南スーダンに移るようです。
その前に、ぜひともイベントを行いたいようで、ロッシーとしても、力になれるように頑張りたいと思います。

相手方が指示した12月の初めは、準備も整ってなく、日を改めてとのことになるでしょう。

こうやって、身近にも南スーダンの独立、その後の移行期の様子がわかります。

平和裏に事が進むのを願うのみです。

川原尚行

更新日時: 2011年11月23日
いつもと違ったスーダン

あわただしかった日本での仕事を終え、スーダンに来ています。
今回のスーダンは、今までとは随分と様子が違います。

私の両親を連れてきているのです。
父82歳、母76歳です。
父は、足が弱く、新幹線で新大阪に行き、関空行きの「はるか」に乗り換えるときが
相当に辛かったようです。
そのために、関空では、カートに乗せたスーツケースの上に座ってもらい、
小さな子供のように運びますと、随分と楽だったようです。

飛行機では、生真面目な性格か、ずっとネクタイを着用していました。

関空から11時間、そして飛行機を乗り換えて4時間でスーダンに到着です。

母は、元気そのもので、長い移動も苦にならないようでした。

空港では、ムスタファ前ハルツーム大学学長が空港内にまで迎えに来ていました。
昨年、学長が日本に来られた時に、我が家にお泊めしたのが、御縁となり、学長の強い薦めで
スーダンの渡航となりました。

わずかな滞在ですが、私の医療関係そして大学関連の友人知人からの誘いが多いので、かなりのハードスケジュールとなっています。
年も年ですので、疲労が残らないように、でも民間外交に精を出してもらいましょう。

更新日時: 2011年11月22日
ちょっぴり、甘酸っぱい季節

昨日、福岡県の高校ラグビーの決勝が行われました。

東福岡と筑紫の対戦、東福岡が勝利を収めました。
一週間前、小倉は筑紫に準決勝で敗戦。

多くのチームが、全国大会である花園を目指して、切磋琢磨し、その結果が出ているのです。
敗戦として。

私も、30年くらい前の自分の高校時代を、そして昨年の息子の敗戦を思い出したのです。

もう一度、あのころを思い出して、今を精一杯生きていこうと思います。

最近は日本で忙しくしていますが、昨日の様子を
昨日は、大阪での仕事があり、熊本へ移動しようとするも、新幹線が信号の故障で動かず。
飛行機での移動に変え、熊本大学へ
消化器外科の開講記念会で講演。
新幹線で福岡に移動。
九州大学薬学部のOB会で講演。
そして、我が九州大学医学部ラグビー部30周年記念会に出席。

今考えれば、めちゃくちゃしていた大学時代でした。
迷惑をかけた後輩たち、ごめんね。
これから20年は、別の意味で大暴れしようと思いますが、
20年後からは、再び大学時代のようにしようと決めておりますので、その時はよろしくね。

その会合後、深夜に大学時代の友人のお嫁さんの実家に到着。
そこが、福岡の隠れ家です。
ご両親ともお元気で何よりです。

川原尚行

更新日時: 2011年11月13日