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スーダン情報
ラマダン月のスーダンから、お盆の季節である日本を想います。
日本にいるときは、お盆にはお墓詣りをしていました。
当たり前ですが・・・。
私の父方の祖父母は、私が生まれたとき、すでに他界していましたので、
私が思いを馳せるのは、母方の祖父母です。
祖父は、大分の生まれで、私が酒を飲めるようになった頃まで存命でしたので、
よく説教を受けていました。祖父の若かりしとき、祖父の故郷、戦争のこと、仕事場となった製鉄所のことなど。
その話の中で、印象に残っているものは、雪の積もった朝は、誰も踏みしめていない雪を歩くのが好きで、
そのために、朝早く家を出ていたそうです。
もちろん、起こすのは、祖母の仕事で、たぶん祖母は次の日に雪が降りそうなときは、いつもより早起きをしていたことでしょう。
祖母は、鹿児島出身の働き者で、祖父が給料をもらっても、飲み屋の「ツケ」を払って帰ったら、何もなかった、ことも多々あったようで
それでも愚痴ひとつこぼさずに、働いて子供たちを育てていたようです。
今も私の心の中に住み続けている祖父母を、スーダンで迎えるお盆の中、思いを馳せてみました。
川原尚行
随分と久しぶりにブログをアップします。
南スーダン独立の後、再び被災地へと赴き、そして今またスーダンにいます。
現在、スーダンはラマダン。
今回、震災後はじめてハサバッラ村へ入っています。
懐かしい面々が駆けつけてくれます。
帰る場所があるというのは、本当に良いものです。
私のもう一つの家族がここにいます。
この春に完成しした井戸と給水所の様子、また別の村から依頼が来ている水案件の様子を見てみようと思います。
ラマダンですが、今までは、断食を行っていなかった子供が、自慢げに「今年は断食しているよ」と、私に語りかけてきます。
一人前になったことへの、誇りがあるのでしょう。
人間の成長にとって、このような関門は、必要なことでしょう。
日本で、大人への関門って何があるでしょうか?
お酒を飲むことくらいでしょうか。
象徴的な大人になる儀式、それを自分自身が誇れるものがあってもよいと思います。
私の頭の中では、この地スーダンと被災地のことが入り混じっています。
スーダンの新しい国づくりと被災地の復興が、うまくからみ合わさり、新しい価値観が生まれたら、と
具体的には、何も描けませんが、漠然とですが、考え続けています。
私の目の前には、
泣いたり走ったり、そして私のコンピューターを覗き込む子供たち
美味しそうに草を食んでいるロバ
悠然と歩いているラクダ
今年は雨が少なく、空をにらみながら農地に出かける男たち
赤ん坊におっぱいをあげながら、にこやかに語りかけてくるお母さん。
その光景を目の前にしながら、復興はどうなるのか考える私がいます。


