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スーダン情報
ハルツーム大学との調印式
日本でいう東京大学と同じ位置づけです。
さて、ハルツーム大学の学長一行が今年の6月に日本を訪問しました。
これは、鳥取大学との学術協定を締結するためのものでした。学長から訪日前に呼び出しがあり、日本を訪問するので、ぜひとも私の関連する大学を訪問したいとの意向が伝えられました。
ちょうど、私の帰国時と重なったので、なんとかスケジュール調整を行い、学長一行らと4日間、九州を案内しました。
まずは、関西空港までロシナンテス・スタッフを出迎えに向かわせ、新幹線で北九州にお連れしました。私はその日の午後に熊本で講演があったので、その帰りに小倉駅で出迎えることが出来ました。
その翌日、済生会八幡病院、産業医科大学、九州工業大学、北九州市長表敬
その翌日、九州大学、長崎大学
そして、鳥取までお送りしました。
お泊めしたのは、ホテルではなく、私の実家。
そこで、いつものごとく私の母の強烈な外交手腕により、学長以下全てのスーダンの方々が、日本びいきとなりました。
母は特段英語ができるでもなく、日本語を貫き通します。
それでいいのだと思います。
国際協力をするのに、まず英語!という人もたくさんいますが、
本当は、いかに自分自身の内面を鍛えるか!にかかっているのだと思います。
英語が出来て、薄っぺらい人ではダメですよね。
そんな、経緯があり、私がスーダンに戻って来てからも、学長らと話を詰めてきました。
ロシナンテスは、今までに多くの日本人の学生をスーダンに受け入れていますが、
これをハルツーム大学との協定のもと行いかということを協議してきました。
もちろん、スーダン側からも人を日本に出してもらい、その受け入れ事業も行わないといけません。
また、医学に限らず、他の分野でも交流事業、共同研究を進めようということまで盛り込まれています。
ロシナンテスが多くの学者を抱えるのではなく、橋渡しをしようというものです。
ロシナンテスのような小さなNGOと国を代表する大学との協定とは極めて珍しいものと思われます。
もちろん、ハルツーム大学はNGOと協定を結ぶのは初めてだと言います。
日本の強みは、昔も今も将来も「人」だと思います。
スーダンは政治的に何かと難しい国ですが、人をつないで、何かやろうと思います。
これは、もちろんスーダンのみのためではありません。
日本のためにもなると確信してのことです。
川原尚行
更新日時: 2010年08月26日


