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国際NGO / NPO法人 ロシナンテス

知覧

昨日、日本からスーダンに戻ってきました。
ほんのわずかの日本滞在でしたが、東京と鹿児島そして地元で講演をこなしてきました。
鹿児島での講演には、夏休みとなって時間の取れる家内(北九州市の小学校の講師をしています)を
連れていくことが出来ました。
本当に久しぶりの二人だけの旅でした。
この企画をしてくださった、鹿児島青年会議所のみなさま、ありがとうございました。
 
鹿児島人気質(薩摩隼人)というのは、今でも残っているように思えます。
元気のない日本を蘇らせるのに、どうしたらよいのかを真剣に考えている鹿児島の青年会議所の方々でした。
講演会には、800名を超える聴衆が来てくださり、これも会を企画運営した方々の魂の賜物だと思います。
 
講演会の翌日、ゆっくりとして北九州に戻ろうとしていますと、青年会議所の方が来られ
鹿児島を案内します、と言ってくださります。
市内観光、指宿、知覧、どこにしますか?
と問われ、迷わず知覧と答えました。
 
言わずと知れた特攻隊の基地があった場所です。
そこにある記念館に足を運び、我が祖国のために、若い命を捨てていった方々の最後の言葉に触れました。
 
なかには、私の長男と同じような10代の青年もいました。
ご両親に、今まで育ててくれたお礼の手紙をしたため、そして特攻機に身を沈めたのです。
 
その場その場の事情があり、このような不幸なことがあったのです。
彼らの犠牲により、現在の我が国があることを思えば、アフリカに身を置くことくらい
苦でも何でもありません。
 
知覧を訪れたその翌日に日本を離れスーダンに来ました。
 
また、頑張ろうとの新たな決意に至りました。
 
川原尚行



更新日時: 2010年07月31日
タンザニアからのメール

タンザニアの親友であるチーフ・マトゥンゲの奥様からメール(代理人からですが)がありました。
 
要は、「農業事業をしたいのでお金を工面してくれ」
とのことです。
 
このチーフ・マトゥンゲとその奥様は一昨年、私が個人的に日本に招聘したことがあります。
それくらい仲がよいのですが、メールが来たくらいで、お金をポーンと出すわけにはいきません。
もっと詳しいことを聞いて、そして実際には自分の目で見て、どうするのか決めたいと思います。
お金を出すのは簡単ですが、知恵を出そうと思います。
 
チーフ・マトゥンゲのことに関しては、また後日。
 
川原尚行




更新日時: 2010年07月24日
リーシュマニア確定

忙しさで、なかなか行くことのできなかったハルツーム大学医学部にようやく行けました。
先日、行った指の潰瘍の組織の検査です。
 
結果は、
「リーシュマニア」
 
細かな種類のタイピングはできていませんが、皮膚に限局しているため、皮膚型リーシュマニアでしょう。
昨年に罹患してから、症状が出たり消えたりしているので、完治していなかったのでしょう。
 
今は、最悪5本の指に潰瘍があったのが、2本に減ってきていますので
もうしばらくすると、よくすべての指が治るでしょう。
 
このままだと、またいつか出てくるのでしょう。
もちろん、免疫と関係しますので、私の体調のバロメーターになります。
 
今後の治療に関しては、どのようにしたらよいのか、ちょっと考えてみます。
 
川原尚行




更新日時: 2010年07月21日
寒いスーダン

多くの方々から、私の指の潰瘍に関して心配のメールを頂きました。
本当にありがとうございます。
 
実は、まだ大学病院へは忙しくて、行きだせず、今に至っております。
今度の日曜日に行くことが出来ると思いますので、結果に関してはまたご報告申し上げます。
 
さて、スーダン東部では連日の雨です。
今年は降雨量が少ないと言われてきただけに、恵みの雨です。
 
ちょうど、和田大使がハサバッラ村を訪問してくださったタイミングで雨が降り出し、
村の人たちは、雨をもたらしてくれた和田大使に幸運をもたらす大使と大歓迎でした。
 
私の経験では、雨が降っても、すぐに晴れるのがスーダンだったような気がしますが
一昨日、昨日とほとんどお日様が見えません。
 
そのために、寒気を感じるくらいです。
こちらでは、傘をさす習慣なんてありません。
雨に濡れたら、そのままにして乾かすのみです。
でも、やっぱり寒いです。
 
風邪をひかないように気をつけます。
 
川原尚行



更新日時: 2010年07月16日
電線がやってきた

現在、ハサバッラ村にいます。
 
実は、村の風景が一変しています。
何でしょう?
 
それは、村の中に電柱が立てられ、電線が張り巡らされているのです。
以前から、村に電気が来るようにと、ハサンが陳情し、私もそれに加わったりもしたことがあったのですが、
ついに、電線が来ました。
 
電気がない村から電気のある村へと変わっていくのです。
遠い昔、日本でもその瞬間というのは、至る所であったことでしょう。
その何十年後かに、アフリカの地で私はそれを体験できます。
 
電線が来たと書きましたが、電気はまだです。
明日、ハサンと最終陳情に行こうと言っています。
 
今は、発電機のある診療所で、明りのついた診療所で、妊婦さんが、出産に備えています。
 
今の世の中、変化は止めることはできません。
いかに、良い方向に変化をすることです。
この村において、大都会を目指しても仕方ありません。
 
それをこの村の人たちとともに考えていきたいと思います。
 
川原尚行
 
 
 
 

更新日時: 2010年07月11日
握手

スーダンでは、本当によく人と握手を交わします。
日本のお辞儀のような感覚です。
 
今日は、久々に少年サッカー教室を見に行きました。
懐かしい顔ぶれが並んでいます。
 
みんな、笑顔で、「コーチ・カワハラ!」って声をかけてくれます。
そして、握手です。
 
子供ですから、思いっきり叩いたりする子もいます。
 
いつもなら、よいのですが、
今、私の指は潰瘍があり、絆創膏をしていても痛いのなんの!
でも、子供たちの笑顔にはかないません。
 
今、講演で行った熊本大学薬学部でいただいた特製の軟膏をつけています。
かなり、良くなってきているようにも感じます。
 
早く良くなって、握手にも支障をきたさないよう願います。
 
川原尚行



更新日時: 2010年07月10日
通貨レート

私が初めてスーダンに来た時のドル・スーダンポンド・レートは1ドル=2.5ポンドでした。
(通貨自体がディナールからポンドに変わったので、現在の通貨であるポンドになおしています)
 
それが、徐々にスーダンポンドが強くなり、1ドル=2くらいになりました。
日本大使館で勤務していたスーダンのローカルスタッフは、ドルでもらっても
ドルが弱くなっていくのですから、スーダンポンドで支給してくれと、言っていた時期もあります。
 
それが、2年くらい前からスーダンポンドが急激に弱くなってきています。
つい2か月前は1ドル=2.6ポンドだったのが、今は2.8です。
 
そして、正規のディーラーのみでなく、闇両替がはびこってきました。
 
そして、100ドル紙幣とそれ以下の紙幣のレートが違ってきています。
これは、いざという時に、スーダンを逃げ出そうと考えているスーダン人が多数いると考えられます。
一万ドル国外に持ち出そうとすると、100ドル札は100枚ですみますが、1ドル札だと一万枚必要となります。
こんな単純な原理で、高額紙幣のレートがよいのだと思います。
違っていたら、ごめんなさい。
 
2011年1月7日に南部スーダンの独立を問う住民投票があります。
それに向けて、いっそうとスーダンが不安定な状況であることも経済的に示されていると思います。
 
日本の円は、ドルに対しても強くなっていますので、相乗的にスーダンポンドに対しても、一層強くなっています。
ロシナンテスとしては、皆様方からのお気持ちを「円」という形でいただいておりますので、
スーダンで良い有効に使うことが出来ると思います。
 
ただし、スーダンへの輸入品に対しては、値上げが予想されます。
 
異国にいますと、通貨レートは、いつも気にかかるところです。
 
川原尚行

 

 

 

更新日時: 2010年07月06日
リーシュマニア再燃?

私の左右の手の指あわせて5本に潰瘍性の病変が表れています。
もう、2か月以上治癒していませんし、徐々に広がりを見せています。
 
昨日、ハルツーム大学医学部の教授を訪ねて、この病変を見せると
早速、検査室に連れて行かれました。
 
病変に針を突き刺され、組織を取ります。
わかってはいるものの、激痛が走ります。
思わず顔に表情が出てしまいました。
 
検査結果は1週間後。
 
結果はどうなのでしょうか?
 
川原尚行



更新日時: 2010年07月05日
もうすぐ七夕

昔、タンザニアにいたころ、日本から大学の後輩が来ました。
 
そいつは、ロマンティストかどうかは、わかりませんが、七夕の日だけに、天の川が見られると思いこんでいたようです。
もちろん、そんなことはなく、スーダンでは毎日、天の川が見られます。
 
大学生にもなって、ですが、こういう思い込みは、チャーミングであり、私は好きです。
 
子供のころは、何をお願いしようかなと、いろいろと考えたものです。
 
大人になっても、そういう気持ちは大切にしたいです。

今年は何をお願いしようかな?
 
スーダンには、笹はないけれど、心の中で本当の天の川を見ながら、お願いすることにしましょう。
 
川原尚行


更新日時: 2010年07月04日