2011年4月
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スーダン情報
朝の5時前に起きだし、準備体操を始めます。
空には、お月さまが輝いています。
準備運動をしながら、そのお月さまに小倉高校ラグビー部の勝利を祈ります。
5時ちょうどに私はランニングを開始しました。
私が走り出すとともに、モスクから朝のお祈りを告げるアッザーンが流れます。
なんとも不思議な気分でのスタートです。
そのとき日本時間は午前11時、福岡県高校ラグビー新人戦の準決勝のキックオフです。
相手は、先の全国大会で優勝した東福岡高校です。
新チームになっていますが、全国優勝したメンバーがかなり残っています。
小倉が優っていると言えば、気迫と団結心でしょうか。
私は、野犬除けのための石を片手に、ランニングを続けます。
前半は、ノートライもしくはワントライに抑えてくれれば、なんとか後半に結びつけるはず。
そう、お月さまにお願いしながら、前半終了となる30分が経過。
観戦にいっている家内に電話を入れます。
家内は、保護者会での仕事が忙しいのでしょうか、電話に出てくれません。
留守番電話に途中経過を教えてくれと残し、しばし前半終了の休憩。
しばらくして、家内から電話があり、前半は7?17とのこと。
結構食らいついていると思っていたら、その電話の最中にもう一本トライを決められ
7?24.
気合を入れなおし、お月さまにお願いしながら、再び走り出します。
町全体が、徐々に起きていくのが分かります。
それとともに、こちらもピッチを上げ、小倉高校ラグビー部の逆転を望みます。
後半終了の時間が来ました。
息を切らしながら、家内に電話をします。
7?39
後半に突き放されたのでしょう。
まだまだ新人戦、これから春の大会、そして秋の全国大会予選があります。
これからが、本当の勝負です。
昨年は、筑紫高校が春の大会で0?88で東福岡高校に敗戦しましたが
最後は、12?19まで追いつめました。
小倉も、これから精進して、東福岡に挑んでいってもらいたいです。
「One For All, All For One」の気持ちを持って、日本一のチームワークを築いてほしいです。
川原尚行
今日は、末娘の誕生日です。
電話をすると、娘がすぐに出てきました。
「たんじょうびおめでとう」
「ありがとうございます」
「何歳になりましたか?」
「8歳になったよ」
「ケーキは食べたの?」
「おにいちゃんが、帰ってきてから食べるの、おいしそうだよ。」
「パパも食べたいな」
「じゃあ、写真に撮っておくね」
末娘は、スーダンに11か月の時に来て、3歳の誕生日直前までいました。
スーダンにいるときは、英語の単語を話していましたが、今では完全に忘れていることでしょう。
その娘がもう8歳になりました。
長女は私立高校の受験を控え、長男は東福岡戦を控えています。
子供はそれぞれ大きくなっています。
子供たちのためにも、父親は頑張らねばなりません。
気合を入れて、スーダンの太陽と戦います。
川原尚行
現在、日本から取材陣の方々がスーダンにいらしています。
その方々が、ドルをスーダンの通貨であるポンドに両替したいので、銀行街に行きました。
以前は、きちんと銀行や両替商で行っていたのですが、最近では闇の両替人が結構な数でています。
それが、銀行のレートより、はるかに良いのです。
以前は、他の国にいた時には、闇の両替でだまされた経験もあるのですが、スーダンではまずありません。
それどころか、今日は以下の具合です。
「両替したいの?」
「レートはいくつ?」
「お前の希望レートはいくつなの?」
私は少し考え、銀行よりも少し良いレートを言いました。
「2.5でどう?」
「イヤー俺たちは2.55でやっているよ」
私が提示したレートよりも多くのポンドがこちらに来ました。
スーダン人は正直ですから、だまされることは少ないです。
しかし、私がスーダンに来て、レートはポンドがずっと強かったのに、ここにきて、ドルに対して非常に弱くなってきています。
今年の4月に総選挙があり、来年は南部スーダンが独立するかどうかの住民投票があります。
不安定な時期を迎えるだけに、ドルの価値が上がっているのでしょう。
ロシナンテスにとっては、円がドルに強く、ドルがポンドに強くなっているので、喜ばしいことではあります。
しかし、スーダンの経済は今後どうなっていくのでしょうか?
川原尚行
昨日は、スーダンの日本大使公邸で新年会が開催されました。
総勢で58名の方々が集いました。
私がスーダンに初めて来たときには、二十数名でしたので、それからすると隔世の感です。
その新年会に、素晴らしいゲストがお見えになりました。
元在タンザニア日本大使で、アフリカ紛争難民問題担当の佐藤啓太郎大使がスーダンにいらっしゃっておりました。
私がタンザニアに赴任した時に、本当にお世話になった大使です。
外務省員としての振る舞い方をきっちりと教えてくださいました。
基本がしっかりさえしていれば、どんなところでも対応ができるものです。
もちろん、私はまだまだ完全な外交などはできませんが、
こんな私でも、ある程度のことの外交的マナーを身につけることができたのも佐藤大使のおかげだと思います。
佐藤大使は、いまだご活躍でして、日本のアフリカ外交にとっても重要な存在です。
これからもご活躍ください。
さて、現在の在スーダン日本大使館の石井大使が離任されると、この席上で発表されました。
石井大使には、ロシナンテスの活動地であるハサバッラ村に幾度となく足を運んでくださり、
アラビア語でのスピーチで、民衆から大喝采をいつも受けられていました。
本当に石井大使は、素晴らしい方でした。
退官後は、どうなさるのか、存じ上げることもありませんが、身勝手な私は
ロシナンテスのアドバイザーになってくださらないかな?と、失礼を承知の上で空想しております。
また、昨夜も、素晴らしい料理を作ってくださいました、石井大使の料理人のジャランさんも、母国のタイへ戻るようです。
御家族が、タイで待っているようです。
その気持ち、私もよく理解できます。
全員が、自己紹介をして、こんなにも各方面で活躍している日本の方々がいらっしゃるのかと
思いました。
また、何名かの若い女性の方が、素敵な着物姿でした。
昨今は、着物ブームなのですかね。良いことですね。
いろんな問題があり、悩み多いこのごろですが、ひとときの心やすらぐ時間でした。
川原尚行
昨年行われた福岡県高校ラグビー全国大会予選は、残念ながら準々決勝で敗退してしまいました。
我が息子は、負傷退場でその後の四日間の入院と最悪の事態でした。
それから、一転して新チームとなり、すでに多くの練習試合も行われています。
母校の小倉高校は、新チームになってから負けなしの連勝街道でした。
そして、向かう相手は福岡高校です。
明治大学、新日鉄釜石と黄金時代を築いた森さんが、監督をしており、近年相当に力をつけてきています。
今までは、小倉とはほぼ互角の勝負のようでした。
試合開始は、日本時間の12時15分です。
私は、早起きをしました。朝の6時前に起き、準備運動をこなします。
そして、野犬よけに石を手に持ち、6時15分から走り出しました。
日本のキックオフに合わせて、息子の試合の時間に走りたかったのです。
まだ肌寒い中をゆっくりと走り始め、野犬にも遭遇しましたが、襲われないように遠ざかり
そして、徐々に明るくなるまで走りました。
ハーフタイムを入れて、インジャリータイムも考慮して、1時間ちょっと走りました。
すると、朝日がすーっと昇ってきました。
これで、勝利を確信しました。
その後、連絡を取ると、22?8で勝利したとのことでした。
点差以上に厳しい試合だったようで、特に後半は、かなりプレッシャーを受けたようです。
でも、なんとか逃げ切ったようです。
さて、来週は、全国大会で優勝した東福岡と対戦します。
東福岡は、準々決勝までBチームが出場して、百点ゲームを繰り返しています。
準決勝からAチームが出てくるそうです。
恐ろしく、強豪で選手層の厚みも半端ではありません。
しかし、私は息子にいます。
「勝て!」
「勝つためには、どうしたら良いのかを考えろ」
来週も走ります。
しかし、キックオフは日本時間の11時です。
ちなみに場所はグローバルアリーナです。
お時間が空いていらっしゃる方は、ぜひとも小倉高校を応援に行ってください。
そしてスーダン時間は早朝5時です。
走り終えても、朝日は昇ってきません。
「そうか、朝日が昇るまで走ればよいか!」
と、馬鹿なことまで考えております。
一週間後、また結果をお知らせいたします。
まずは、対福岡高校戦の勝利おめでとう!
川原尚行
最近は、朝方冷え込んできて、今日は特に寒く感じました。
上着を必要としました。
スーダンの人たちの中には、ジャンバーを来ている人たちも見かけます。
丸ちゃんやしげちゃんは、半そでで過ごしており、
「川原さんは、スーダン人と同じように寒がりですね」
とのことです。
さて、ガダーレフからカルトゥームに戻ってきました。
というのも、日本から若き研修医が二名スーダンに来ているからです。
一人は、私の大学のラグビー部の後輩の上松かつお君です。
もう一人は、スーダン南部で会ったピースウインズで働いていた佐久間くんのお兄さんです。
どちらも、一生懸命にスーダンで研修をしています。
さて、女子サッカーにしばらく顔を出していなかったので、
仕事が終わった後に、二名の研修医を引き連れてグランドに行きました。
ミニゲームがあったので、私たちは助っ人としてゴールキーパーをしました。
女子チームは、新入りもいたりで、なかなか賑やかでした。
なかには、上達している選手も多くいました。
今度、選手のモチベーションを高めるために、リーグ戦を行う予定です。
私も個人的に浄財を提供して、優勝賞品を出します。
リーグ戦がどうなるのかが楽しみです。
川原尚行
昨夜、雨がしとしと降りました。
一月のスーダンでは珍しいことです。
そのために、今朝はめっきり冷え込んで、半そでシャツにパンツのまま寝ていた私は
明け方から、ぶるぶると震えていました。
暑くて眠れないより、よいのですが、
一枚毛布でもあれば、良かったです。
現在、北海道から来ている研修医は、スーダンのこの涼しい時期を
「なんて暑いんだ!」
といっています。
彼は北見にいるようで、出国前は零下22度だったそうです。
こちらは、昼は30度にはなるので、52度の温度差です。
それは、暑く感じるでしょう。
川原尚行
平素よりロシナンテスにご支援を賜わりまして、ありがとうございます。
今年もたくさんの方にカレンダーをご購入頂き、心より感謝申し上げます。
さて、2010年卓上カレンダーの一部に不良があることが判明いたしました。
<一部のカレンダーで下記の誤りがあります>
3月のページが7月になっております。
お買い求めいただきましたお客様には大変ご迷惑をおかけすることとなり誠に申し訳ございません。深くお詫び申し上げます。
上記に該当する商品をお持ちのお客様はお手数ですが、事務局へご連絡頂きますようお願い申し上げます。
新しい商品と交換等の対応をさせて頂きます。
<連絡先>
NPO法人ロシナンテス本部事務局
〒802-0066 北九州市小倉北区萩崎町9-35
TEL: 093-922-6470
E-Mail: info@rocinantes.org
この度は、大変ご迷惑をおかけし深くお詫び申し上げます。
今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。
今、診療所に助産師がいます。
なかなか経験豊かで、診療所スタッフのお母さん的存在になってきてもいます。
前にいた助産師さんは、年齢的にも若く、村の産婆さんとの連携がうまくいきませんでしたが、
今度の方は、産婆さんとの連携をうまくこなしているようです。
村人の家にまで行って出産介助を行うこともあります。
先日は、診療所での出産がありました。
車で30分くらいのところの村から、この診療所にやってきて、無事出産を終えました。
今年から、母子保健事業が始まります。
この生まれた赤ちゃんが成長するように、母子保健事業も成長させてまいります。
川原尚行
ワッデルハーディという村の古井戸の調査を行いました。
1987年に掘られたもので、22年前のものです。
当初はハンドポンプで水をくみ上げていたようですが、
4年もすると、それが壊れてしまい、それ以降ずっと使われていないそうです。
村人は、遠くの川まで水汲みに行きます。
女性と子供が水汲みの仕事をしています。
簡単に水汲みといっても、足場が悪いところもあり、危険が伴います。
この5年間で9名の子供が水汲みの最中に足を滑らせて、溺れて亡くなったそうです。
古井戸を改修して、村の人たちが川の水に頼らなくなれば、良いのです。
ただし、以前のハンドポンプでは、現在の人口を賄いきれないと村の人も言いますし、
州政府の水事業の担当者も言います。
発電機、ポンプを使用しての給水施設の建設が望ましいところです。
我々は、そこまでする資金力が現在ないですが、今後どのようにするのかを検討していきたいと思っています。
まずは、この古井戸が使えるかどうかの調査を行いました。
錆びついたボトルをこじ開け、井戸のパイプをみんなで力を合わせて引き上げます。
男性7名がかりで行いました。
井戸が深いためか、最初のころは随分重く感じました。
ひとつのパイプが3メートルで、それを一つ出しては、切り離し
またひとつのパイプを抜き出します。
合計で17本のパイプがありました。
その後、先端に重りをつけたロープを井戸にたらします。
井戸の深さを測ります。
52メートルありました。
次に水の表面までの深さを測ります。
そして、水がどのくらいの深さで存在するのかを調べます。
14.5メートル水がたまっていることが分かりました。
技術者によると、これは十分な水の量で、ここの住民を賄えるものらしいです。
今度は、パンピングテストが必要で、ポンプが必要量の水を引き出せるかを調べます。
州の水道局が推奨するタイプの給水施設が理想的ですが、あとは資金との問題です。
どこかに申請するということも考えないといけません。
頭をひねらせます。
川原尚行
ハサバッラ村に女子学校を建設しましたが、州教育省の評判が良いようです。
ここは、スーダン東部ガダーレフ州ですが、ユニセフがスーダンの中でも、
このガダーレフ州に試験的な事業を試みています。
それは、スーダンの中で遠隔地でも教育が出来るようにと、
「e-learing」システムの導入です。
そして、ガダーレフ州の中でも、三つの試験地に選ばれたのがハサバッラ村です。
太陽光を使って、パソコンのバッテリーを充電し、パソコンを使用して教育を受けさせようというものです。
遠隔地で先生がインターネットで授業するのではなく、すでに組み込まれたプログラムでの授業になりそうです。
ゆくゆくは、インターネットを使用しての双方向での教育を考えているようですが、
最初の試験地であるハサバッラ村での様子次第ですね。
インターネットができるのであれば、ハサバッラ村から日本の小学校へでもメッセージを伝えましょうかね。
しかし、前のブログにも書きましたが、生の人の声、生の人が描いた文字、絵が、人の心に直接響くと思います。
それを大事にしながら、このような「e-learning」のようなシステムも試してみます。
川原尚行
ハサバッラ村の隣にあるワッデルハーディ村に最近よく行きます。
水事業のことで、訪問しています。
水事業自体も、なかなか難しいことが多く、いろいろな部署を駆け巡っています。
さて、ワッデルハーディの村長であるダファアッラといろんな話をします。
母子保健の話の中で、女性性器割礼の話になりました。
男性の場合はよく耳にされると思いますが、この地域では女性性器割礼をほぼ全員に行います。
1歳半の女の子にしている場合もありました。
これは、女性だけのアプローチでなく、男性への理解を深めていかないといけない!と
ダファアッラと話をしていたら、
「最近、この村で若い母親が女の子への割礼を主張して、それを反対する男性と口論になり、
それで、離婚した」
このようなことも起こるのですね。
女性の中でも、おばあさんの意見が強く、そのおばあさんの言うことを、この若い母親は
忠実に主張したのでしょう。
それでも、離婚までするとは驚きです。
今後、三年間で母子保健事業を行っていきます。
彼らの考え方、および行動がどのように変わっていくのでしょうか。
大変な事業です。
川原尚行
昨年、横浜の神大寺小学校の児童に講演会を行いました。
私の家内の大学時代の友人が、その小学校に勤務していることが御縁となってです。
昨年末、そこの児童から、スーダンまで贈り物が届きました。
日本の季節を絵で表したカレンダーです。
常日頃、印刷された文字やコンピューターでプリントアウトされたものに接する機会が多くなり
このような、手描きのものを見ると、一種の感動を覚えます。
どんな絵でも、そこにはオリジナリティがあるのです。
そして、その時、その思いがそれぞれにこめられてあり、もう二度と同じ絵は出来上がりはしないのです。
そう思うと、一層はかなく、そして素晴らしい絵に見えてきます。
この絵つきカレンダーを、ハサバッラ村の小学生たちに見せました。
彼らが、今度はスーダンの様子を描いて、神大寺小学校の児童さんに届ける番です。
本当に、ちっちゃな文化交流ですが、そこには、本物の心の触れ合いがあります。
そして、決してお金では得ることのできないものを含んでいます。
伝達役の私が、しっかりとその務めをしなければなりません。
川原尚行
どこの社会、組織にも派閥というものが存在します。
ロシナンテスの活動地である、ハサバッラ村でも派閥があります。
現村長派と前村長派です。
現村長派は、一大勢力を誇り、何をするにも現行では有利になっています。
ロシナンテスでは、診療所に村から、男性を雇用しています。
この男性は、他のスタッフよりも長く働いており、ロシナンテスの医療スタッフからの信用があります。
私も信頼しています。
彼は、受付の他、救急車の運転手でもあります。
はじめは、運転免許証を持っていなかったのですが、ロシナンテスで免許証を取得させました。
一年くらいかかりましたが、これも人材育成です。
ハサバッラ村にある救急車は、日本の使い古しの救急車です。
日本で廃棄処分になるものを、スーダンに持ってきたものです。
当然、故障もすぐにきたします。
もう4,5回大きなトラブルが発生していますが、ロシナンテスが費用を負担して
救急車の修理を行ってきました。
現村長派は、運転手の車の管理が悪いからこうなる!と彼の解雇を要望してきました。
また、日本からの授かりものだからこそ、我々が大事に使いたいんだ!とも言っています。
こちらとしては、日本に物を大事に扱ってくれることはありがたい話だと思っています。
ただし、解雇とまでは、したくありません。
辛抱強く、彼を運転手としても育てていきたいと思っています。
単純に、車だけの問題ではなく、彼は、前村長の息子さんでもあります。
それが、いっそう解雇を主張する理由になっているようです。
そして、現村長派の有力者の息子を雇用してくれと言ってきます。
私は、その案に対して妥協しません。
ロシナンテスにとって、派閥はありません。
話し合いは平行線で終わりましたが、辛抱強く対処していきたいと思います。
とりあえず、その問題に関わらずに、現村長と飯を食ってきます。
どこの社会でも「閥」には、気をつけないといけません。
川原尚行
ロシナンテスは、現在助産師さんを雇用しています。
村には、教育を受けた助産師さんはなく、TBAと呼ばれる伝統的産婆さんのみ存在します。
スーダンの国の方針として、今後産婆さんを廃止して助産師さんを育てて、地方に派遣していく
もしくは、村にいる女性の教育をして、助産師さん(この場合は村落助産師と呼びます)にして、
村の出産に従事させるという計画です。
ロシナンテスの助産師さんは、ハワさんです。
以前は若い女性の助産師さんでしたが、彼女は十分な経験を有しており、
村の産婆さんとも、友好的な関係を築き上げていこうとしています。
昨日は、出産がありました。三日間ハワさんは妊婦さんに付き添って、出産を介助しました。
産婆さんとの連係プレーは、一見簡単なようですが、村人の心情的なものも絡み、難しいことです。
根気よく、お互いを理解しあえることが必要です。
地味な作業の連続ですが、それを懸命に行うことにより信頼が生まれてきます。
ハワさんとともに、私たちもがんばりたいと思います。
川原尚行
昨夜は、満点の星空を見ることが出来ました。
流れ星もいくつか見られました。
目の前にいくつかの難題がありますが、それもこの星空に比べれば、いくばくのものかと感じます。
でも、現実は現実で、昼になってからは、その問題を解消すべく、頭を巡らせています。
さて、南部報告の続きをします。
南部のアッパーナイル州にあるパガックに行きました。
帰還難民の一時滞在所があるところです。
長年、難民をしていて、そこで食糧援助を受けていると、生きるための翼をもがれたようになってしまいます。
つまり、難民キャンプから出てきて、「さあ自立してごらん!」と言われても、自分の翼がないために、飛べないのです。
このようなケースを見ました。
内戦を行ったきた犠牲が、こんな形でも現れてきます。
ここにあるNGOが農業支援を行っていました。
畑を耕し、水をあげ、雑草を取る。そして、成長を見守る。
人々は、農作物の成長を見るとともに嬉々として働くでしょう。
働くこと自体、報酬を求めることもありますが、その労働の中に喜びを見出すことです。
小規模の農作業でしたが、そこには生きるヒントがあるように感じられました。
難民の方々が、不幸にして翼をもがれてしまいましたが、このようなことを通じて
また翼を手にしてほしいと思います。
川原尚行
元旦は、ウシのミルクから始まり、ヤギ、そして最後はラクダのミルクを飲み、
お腹を壊してしまいました。
でも、360度見渡せる大平原の中、さわやかな風を浴びて、大地に直接、用をたすのは
なんともいえず、気持ちの良いものです。
二日は、早朝より、ハサバッラ村を出発して、ハルツームまでやってきました。
岩間さん、まるちゃん、しげちゃんと元気にしていました。
年末年始のスペシャルゲストで、中村恵理、真理コンビが、ロシナンテス宿舎に逗留しています。
かわいい女性陣に、しげちゃんの顔がほころんでいます。
大使公邸にて、大使館員の村上さんの結婚式がありました。
美男美女のカップルで、花嫁さんのウエディングドレスがとってもきれいでした。
大使公邸での結婚式なんて、そうそうないものと思いますが、石井大使のおはからいで、
素晴らしい結婚式でした。
私の周囲の九州の男どもが繰り広げる結婚式に、慣れているせいか、私にとっては新鮮なものでした。
さて、昨年に書くと申し上げていた南部報告を怠けていて、年が明けてしまいました。
遅ればせながら、書こうと思います。
今回の出張は、JPFの構成団体が展開するスーダン南部でのNGO活動の視察を目的としています。
私は、身分的に北部スーダンに登録しているNGOに属していますので、南部スーダンに行くには許可が必要です。
日本大使館の方も同行しましたので、スーダンの外務省から私の旅行許可証を取得してくれました。
しかし、これをHACに持っていくと、
「おまえは、HACの傘下であるので、外務省の旅行許可は無効で、HACから旅行許可を取る必要がある」
と言われ、仕方なく、それも修得しました。
これも、簡単ではなく、スタッフへの負担がかかってしまいます。
二つの旅行許可証を携えて、ハルツーム空港の国内線に乗り、ジュバにやってきました。
ジェット機で2時間くらいだったと思います。
昨日の徹夜の為に機内で爆睡。
ジュバ空港から宿舎となるホテルへと向かいます。
二つも旅行許可証を持ってきているのに、提示を求められることはありませんでした。
まあ、いつもこんな感じです。
ホテルはコンテナを改造したようなつくりですが、エアコン、お湯の出るシャワーと快適です。
なにより、レストランにお酒が置いてあります。
ジュバには、程度の良いレストランがありました。しかし、値段はべらぼうに高いです。
私は、自分では、結構お金を持参したつもりですが、最初の三日間で使い果たしてしまいました。
日本のレストランと変らないような価格でした。
大使館の杉野さんにお金を借りました。ありがとうございました。
前回ジュバを訪問したのは、2003年です。
内戦の最中でした。WHOのイタリア人の事務所長と一緒でした。
当時は、まともなホテルなどなく、イタリア人の修道女のところに泊まりました。
彼女たちは、1950年代からスーダン南部にはいりこんでいました。
そこで、自給自足に近い生活を営んでおり、修道女たちの作る贅沢な食材でなく、
限られた材料での彼女たちの工夫をした料理と、彼女たちの作ったワインを頂きました。
コンテナを地中に埋め込んで、防空壕にしてあり、何度もこの中に逃げ込んだ経験があると
話していました。
修道女たちの宗教に対しての敬虔さ、それを信じ、広めていこうとする姿に、感動した覚えがあります。
その当時は、舗装された道路は、わずか数キロでした。
役所の仕事は、木の下で行っていました。
それから6年。
内戦が終わり、和平合意の下、北部と南部スーダンの富の配分が決められ、また多くの援助のお金も入ってきています。
役所関係の建物は立派で、舗装道路は、以前と比べ物にならないくらいに延長されています。
多くのレストランもできていました。
一時期の狂乱物価は、過ぎ去ったようですが、それでもまだ物価高です。
今年の4月には、選挙が予定されています。
来年には、南部が独立するかどうかの住民投票もあります。
この二年間は、スーダンそしてスーダン南部にとっての正念場となるでしょう。
川原尚行
あけまして、おめでとうございます。
大みそかの晩に、ハサバッラ村に大勢の人が集まってきます。
別に大みそかだからということでなく、イスラム暦での祭日にあたるようです。
満月でした。
大量の料理を男手でつくり、私も年越しそばならぬ、年越し羊を食べました。
それから、眠りに就いたのですが、夜中の12時過ぎより、太鼓を鳴らしてのお祈りが始まりました。
これには、たまらず起きだして、ひとり車に乗り静かな所に向かいます。
川辺に車を止め、一夜を明かすことにしました。
夜明け前から目が覚め、幻想的な景色を独り占めすることが出来ました。
昇る朝日と、沈む満月です。
「川原、頑張れよ」
という、自然の声が聞こえたような気になりました。
皆様方にとりましても、素晴らしい年になるように、アフリカの力祈念しております。
本年も、ロシナンテスをよろしくお願い申し上げます。
平成二十二年元旦
川原尚行
2009年も暮れようとしています。
現在、スーダン時間の09年12月31日午後7時です。
ある村に行っての帰り、綺麗な夕日を見ることが出来ました。
初日の出は、良く見に行くのですが、最後の夕日というのは、あまり記憶にありません。
さようなら、2009年。
そして、東の空を見ると綺麗な満月が顔を出していました。
アフリカで見る月は、本当にでかく感じます。
月の中にいる、うさぎが大きく見えるようです。
日本では、もう新年を迎えているのでしょう。
良いお年をお迎えください。
川原尚行


