2009年04月
| S | M | T | W | T | F | S |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 2 | 3 | 4 | |||
| 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 |
| 12 | 13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 |
| 19 | 20 | 21 | 22 | 23 | 24 | 25 |
| 26 | 27 | 28 | 29 | 30 |
最近のエントリー
- 日本人学生スーダン研修活動 感想文3
- 日本人学生スーダン研修活動 感想文2
- 日本人学生スーダン研修活動 感想文1
- 学生研修終了
- 講演会のお知らせ
- 年度末
- 桜の写真
- 学生研修、ガダーレフへ
- スーダン情勢、ある一面から
- 学生研修
コンテンツ
- 2009年04月
- 2009年03月
- 2009年02月
- 2009年01月
- 2008年12月
- 2008年11月
- 2008年10月
- 2008年09月
- 2008年08月
- 2008年07月
- 2008年06月
- 2008年05月
- 2008年04月
- 2008年03月
- 2008年02月
- 2008年01月
- 2007年12月
- 2007年11月
- 2007年10月
- 2007年09月
- 2007年08月
- 2007年07月
- 2007年06月
- 2007年05月
- 2007年04月
- 2007年03月
- 2007年02月
- 2007年01月
スーダン情報
報告:山口大学医学部3年 阿部有紗
活動の概要

学んだこと、参考になったこと
(1)スーダンという国について
ⅰ)日本で得る情報との乖離
今回の研修に参加するにあたって、私の周りの人々は、大げさに言えば「そんな所に行ったら爆弾が飛んでくるか誘拐されるか悪い病気になって死んでしまう。それで責任が取れるのか。周りにも迷惑がかかるし、やめた方が絶対にいい」ということを口々に言った。日本にいると、スーダンをはじめとするアフリカ諸国の情報は驚くほど限られている。しかも、報道の中心は内戦や飢餓といったセンセーショナルな内容で、人権に配慮しないアフリカ諸国の政府を批判するものも多い。たしかに一面ではそれも真実ではある。けれども実際には、私自身も驚くくらい、スーダンは穏やかな国であり、人々は生き生きとしていた。もちろん、後述するような問題はある。けれども、日本でももっと、スーダンを始め途上国の実際の姿や生の声にふれるチャンスが必要だと思った。そうでなければ、私がぶつかったような社会の空気にのまれて、現状に届かないまま、アフリカは遠い世界の出来事として人々の心に近づくことができないという悪循環が繰り返されるばかりである。
反対に、スーダン人にとって西欧諸国は「スーダンの成長を阻み、自らのコントロール下におくことで、イラクのように石油や資源などの利権のために人々を犠牲にしようとする悪の権化だ。自分たちも戦争をしているのに、そのことを棚に上げて、自分たちの国の誇りを踏みにじっている」「スーダン人の声を聞かないで内政干渉をしている」存在であることが、滞在中に多くのスーダン人から話を聞いて分かった。ICCによる大統領逮捕の決定についても、同じくスーダンの尊厳を破壊しようとするネオコロナリズムの一貫であると感じている人が大半である。一方、日本は(中国と同じ)アジアというカテゴリーに属し、スーダンはじめアフリカ諸国の多くの人々からの印象がよい。HACの高官も、13にNGOがダルフールから撤退したことについて、「西欧の一部のNGOは本当にけしからんが、これからはアジアや中東との絆を強めることでこの事態に対処したい」と話していた。日本だから入り込めるものがスーダンにはある。日本はこの立ち位置をきちんと自覚するべきである。ハルツームのTuti islandでは、中国による、ドバイを模した開発プロジェクトが進んでいた。中国のことを悪く言うだけの材料はここにはないが、取り返しのつかないことになる前に、日本が積極的に政府や民間の声に耳を傾け、実際の状況を把握して、彼らのキャパシティビルディングに貢献できる可能性は大きいと思う。
ⅱ)おたがいさまの心
スーダン人はとても人懐っこく、あたたかい。もてなすのが好きで、大病院の院長から村人まで、私たちは何度食事に招待され、食卓いっぱいのご飯をご馳走になったかわからない。また、彼らには助け合いの精神がある。スーダン滞在中、何度か車が暑さでエンストした。私たちが車を手で押していると、どこからともなく人が集まってきて、一緒に車を押し、エンジンがかかると一緒に喜んでくれた。人に教えるのも大好きで、どこに見学に行っても、どんな基本的なことがらであっても、ものすごく丁寧に教えてくれる。スーダン人は困ったときもうれしいときもおたがいさま、という、日本が忘れかけている心を持っていると感じた。
ⅲ)スーダンの抱える問題
①格差
途上国とは貧富の差があまりにも大きい国のことを言うのだ、と書いた本があったが、まさにスーダンはそんな国である。医療の分野でも、さまざまなレベルで格差が存在する。たとえば、ガダーレフの市内では医療は24時間体制で、5才以下の子どものぜんそく発作の治療は無料だが、地方では医師が足りないばかりか、診療は有料である。さらに、医師を地方に派遣させるために医師の給料を上乗せする案があり、その費用は地方の住民自らが負担するという。格差のしわ寄せはもっとも脆弱な人々に及んでいるのだ。
また、スーダンには26の医科大学(医学部)があり、数の上では医師は供給過多であるが、分配の問題が深刻である。第一は海外での流出である。スーダンでは給料が安く、十分な専門教育が受けられないので、海外に出てそのまま戻ってこない医師も多いという。第二に、海外渡航費用のない医師は都市部に残るので、地方で医師が不足する。しかも、私立病院と公立病院の給料の差が大きいので、私立病院(診療費が高いので裕福な人しか行けない)に医師が集中することになる。公立病院で働く医者は昼は公立病院、夜は私立病院という二足のわらじを履くことになり、疲弊が進んでいるという。まさに日本と同じような問題をスーダンも抱えているが、政府は医療や教育のような収益が上がらない分野への投資には積極的ではないようで、予算の確保が大きな課題である。
医療は都市部から村まで大きな隔たりがある。都市部の私立病院では海外で研修を積んだ医師やフィリピンなどからの看護士やスタッフが高給で働き、CTなどの高度な設備が整っている。入院費は公立病院の5倍から10倍である。ハルツームの公立病院には内視鏡のような設備が整っているが、ICUなどは十分ではない。ガダーレフの公立病院はより雑然としていて、衛生や設備に問題がある。行くことはできなかったが、より地方の病院では上述のように医師が不足しており、診療費も高い。村の診療所も残念ながら設備しか見られなかったのだが、ハサンの許可なしには診療が受けられない。
②ダルフール紛争について
なかなか踏み込んだ質問はできなかったのだが、数人のスーダン人に話を聞くことができた。ダルフールで起きたことについて、「情報が西欧(米国)によって捻じ曲げられて国際社会に伝わっている。米国はダルフールの資源(ウラン)を狙っている」というのが彼らの意見であった。私が行ったどこの地域でも、ダルフールの出来事はまるで遠い国の問題のような印象を受けた。人々は西欧を責めるばかりで、何が起きたのか、それによってどんな問題がおきているのか(虐殺の数のみならず、国内避難民の問題など)についてはあまり向き合いたがっていない印象を受けた。詳細はどうであれ、ダルフールで多くの民間人が困難にあい、今でもその影響が続いていることは事実である。あるスーダン人は「スーダンの政府はひどい。和平合意が結ばれる2003年までは、一日に100万ドルが戦争に使われていたが、現在はそのお金がインフラ整備に回るようになって都会が豊かになった」と話したが、戦争の問題は単に政府の問題ではないと思う。政府に声の届かない政治状況であったとしても、世論で真相究明をすることで、彼らの言う「西欧の虚偽の報道」に抗議する義務が彼らにはあると思う。今年秋の選挙について住民の間には諦めモードが遷延しているようだが、市民の意見を反映するきっかけになるようなサポートの必要性を感じた。
(2)国際協力の視点から
ⅰ)mediator(仲介役)になること
国際協力の形態は多彩であるが、ロシナンテスは実際の事業の担い手であると同時に、政府・自治体(locality)、村といったセクターの間に入るmediatorとしての役割が強いと感じた。上述のように、スーダンでは中心と辺境の隔たりが大きい。生活水準のみでなく、考え方の違いや、コミュニケーションの不足によって「政府は自分たちの話しを聞く気がない」「村人には話が通じない」というような誤解が生じていることがわかった。ロシナンテスは医療という切り口から、軋轢のあるアクターの間に入り、双方の生の声を聞く。実際に政府・州・村の人々に接してみて、彼らはそれぞれに困難に直面していて、事態を良くしようと試行錯誤をしているのだが、うまくいかなくて相手を責めているところがあると感じた。そこに、ともに同じ飯を食い、滞在し、痛みを分かち合ってくれる日本人の医療NPOがいて、話を根気よく聞く役割を担うことの意義は大きいと感じた。たとえば、村のスタッフの寮の建設費用に関して、村と州とロシナンテスで三分割する予定であったが、州からの出資が遅れている。村は「州はいつもそうだ」と不満だが、州は村の状況を分かっていて、政府に打診しているものの、それが受け入れられず頭を悩ませている。今回の研修では、このように、仲介役がいなくては決裂してしまいそうな状況に入り込んでいくことのインパクトを感じた。とくに、スーダンのような途上国ではアクター間の隔たりがあまりに大きいので、「声を届ける」役割としての国際協力は非常に重要である。
ⅱ)転換:destroyからimproveへ
スーダンをはじめとする途上国はいま、政治的・経済的・社会的に大きな転換点にある。私が国際関係学を学んで感じたことは、多くのケースにおいては、その転換は (もちろんその地域に合わせたアレンジはするのだが)先進国で既に構築されたシステムの輸入であるということである。しかし、導入前の状態の何が問題で、どこは残すべきなのか、詳細な検討なしに人々と共にあった古い慣習をdestroyし、新しいものをinstallするだけでは、新しいシステムの良さを生かせないばかりか、そのシステムの悪い面をそのまま引き継いでしまう。しかも、古いシステムが維持していた社会的基盤を崩壊させてしまうことに繋がりかねない。たとえば、ハサバッラ村では、父権主義的な家族形態が非常に強い。男女の役割はきっちりと別れていて、村の中での序列も明瞭である。先進国では「ジェンダーギャップ」や「自己決定権の侵害」といった言葉で批判される環境がそこにはある。しかし一方で、村には私が3日滞在しただけでも何となくわかるような確固たる社会基盤もまた、たしかに存在する。Social security net というのか、コミュにティーの人々を守るバックボーンがあり、子どもが大人の大きな背中を見て育つ環境があり、あたたかいもてなしの心があり、家族や冠婚葬祭をないがしろにしないことが最優先されるコンセンサスがあるのだ。こうした面を見ずに、教育や医療や女性の参画に干渉すれば、その仕組みはその社会独自を支えているものを壊してしまう。ⅰ)につながることだが、だからこそ、実際にその環境に入り、その人々と一緒に、既存のシステムと外部とのシステムをつなぐ役割が重要であると思う。
また、この「転換」という問題は日本をはじめとする先進国も同じように抱えていることである。資本至上主義には限界が来ていることはおおかたの人々が気付いている。でも、現在政治家が叫んでいる「改革」の中には、なにをどこで見失ったかが見えてこない。また、たとえば医療や教育や資本のシステムで米国のものを直輸入する風潮が強いが、日本の古いシステムがいかにこれまでの社会に貢献してきたのか(たとえば相互扶助や三軒隣助け合い、内助の功、年功序列や権威主義のメリットなど・・・こうみると「助」は日本の大きなキーワードである。横並びと批判されるが、ひとりではない、という安心感がそこにはあるのだと思う)がきちんと検討されていない。
国際協力が一方方向の時代は終わったと思う。いまこそ、途上国と先進国が協働して、先進国の失ったものを省みながら共にimproveするために知恵を出し合うことが必要である。
ⅲ)内政干渉
スーダン人は内政干渉を嫌う。スーダン人中には「もうすぐ大きな波が来る」という人もいるが、ロシナンテスの方針は「not a big change but minor changes」であるという。可能であるかどうかという問題もあるが、むしろminor changeの方が、スーダンへのアプローチとしてはいいと思う。Big changeでは「スーダンの歴史や慣習を尊重していない」という反発が避けられないし、下記のような、古いシステムの安直な輸入につながるだろう。住民との協議を経たminor change によって人々が自ら変換の必要性に気が付くことは、長期的にみればより根の強い国際協力に結びつくと思う。
4.疑問・未解決の問題
日本にいるとスーダン=ダルフールという印象が強いが、村はもちろん、ハルツームやガダーレフにいるとダルフールの問題は正直よく分からない。ICCの決定に対してスーダン人の多くは「なぜスーダンだけが、(米国のようなその資格もないような国に)、自分の国の代表者への逮捕状を出されなくてはならないのか」と考えていることが分かったが、ダルフールでの出来事についてどんな風に思っているのか突っ込んで聞く勇気がなかった。「どこの国でも闘いはあるでしょう」と言う人もいたが、もう少し具体的に、自分の国の歴史についてどう思っているのかを聞きたかった。
また、スーダンに10日間いただけでは分からないこともまだまだ多い。スーダンの人々も「状況が複雑すぎるし、日本は小さな単一民族国家だから短期間では理解できないだろう」といっていた。重要なことは、コミットし続けることだと思う。これからもスーダンをはじめ、世界で起きていることにしっかり目を開いていきたい。私はこれまでいろいろな国・分野を広く訪ねることが多かったが、長期的に腰をすえることの意義を痛感した研修であった。
5.専門フィールドへの活用
私は将来、国際医療に携わりたいと考えて医療の道を志した。今回の研修を通して強く思ったことは、人々の生の声を聞き、つなぐ事の重要性である。ロシナンテスは医療という専門性を、mediatorとして声を聞き、届けるための手段としてとてもうまく活用していると思った。私は、スペシャリストとして国際協力に携わるからには「現場」を大切にしたいという想いがあったが、それは単に現地で活動を担うばかりではなく「いかに現場に入り込んで問題を発掘し、説得力を持って仲介役になるか」につながる。医療は人々の生活に密着している。私は専門家として、技術や知識を使うのみでなく、現地に入り込み、声を聞くという役割を果たしたい。
6.全般的所感、意見
ロシナンテスあるいは川原さんの姿勢として、心にずんと響いたことがいくつかある。
①ひとつ屋根のした精神
ロシナンテスは学生を家族のように受け入れてくれた。一緒に研修に参加した学生も皆本当に素敵な人たちで、研修期間中は皆で食事をし、洗濯をし、話し、笑い、たまに文句を言いながら時間を分かち合って、まるで家族が増えたような気持ちだった。「ひとつ屋根の下精神」は活動全体の底に流れていて、スーダン人も日本人も、政府も村人も、皆同じ屋根の下の仲間として、同じ釜の飯を食い、雨の日にはともに雨宿りをし、嬉しいことは一緒に手をたたいて喜ぶ、という空気がここにはある。あるスーダン人は「川原さんは身分や人種ではなく、人としての私たちをみてくれている」と話していた。よろこびも、かなしみも、分かち合うこと。そこから生まれる絆を感じた研修であった。
②大統領から村人まで
ロシナンテスの強みは、大統領から村人までの実際の声を知っていることである。研修を通じて、それはこまめに彼らのもとに出かけていったり、辛抱強く話を聞いたり、食事をともにしたりと、彼らのそばにいるからこそできることだと実感した。
③受け入れること
川原さんはとてもパワフルで、学生がびっくりするくらいの行動派である。川原さんは何かの機会が目の前に飛び込んできたとき、「ええやないの、まずやってみたら」と、その流れをすっと受け入れている印象を受けた。さらにそれを支えるスタッフとの絆を大切にすることで、力のいる実際の仕事に集中できるのかなと思った。
全体的に、研修は本当に充実したものであった。「見学」というよりも、学生をスーダンの多様なフィールドに放り込んで、「感じとってこい!」と、柱を支えて見守ってくれたおかげで、ありがとうの言葉がいくつあっても足りないくらいの経験ができたと自負している。私が見て感じたものを社会に伝え、また、自身の専門性の中に生かすことで、恩返しをしたいと思う。
7.今後の研修参加者へのアドバイス
・スーダンについてよく勉強してきた方が研修は実り多いものになると思います。
・スーダン語ができるとスーダンの人たちはとても喜んでくれます。自己紹介や挨拶は、現地でも覚えられるけれど、少し覚えてきたり、本を持ってきたりするととても役に立ちます。とくに村では英語が使えないので、スーダン語は必須です。
・川原さんはものすごーく体力があります。ぎっしりつまったスケジュールに備えて、体を鍛えてくることをお勧めします。
・世界は広くて、いろんな人がいろんな思いで生きています。国際協力という分野で働くかどうかに関わらず、そういった多様な視点を実際に肌で感じることは、混沌とした世の中を行きぬき、希望を切り拓くうえでとても大切だと思います。スーダンに来ることに反対する周りの人もいるかもしれません。私も大きな葛藤があってここに来ましたが、来て本当によかったと思いました。じっと考えているだけではわからないことがたくさんあります。状況にもよるとは思いますが、ぜひ勇気を持って、現場に飛び込んで欲しいと思います。


