2010年7月
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スーダン情報
霜田君のブログによるとハルツームの冷蔵庫が壊れたようです。
明後日、ハルツームにいくのが今から億劫です。
さて、こちらも暑いです。
村には、もちろん冷蔵庫はありませんが、毎日、氷を買ってきて
それで水を冷やして飲みます。
今日は、ワクチン接種チームが21人も来て、一応客人ですから水をあげて
最後は、我々の水がなくなってしましました。
さて、今日の話題1です。
いつもお世話になっているハサンの長男のアワッドですが、
彼は、いったん高校まで行ったのですが、勉強が嫌で、学校をやめて
家に戻ってきました。これが、2年くらい前の話です。
家に戻ってきたというのは、村には高校はありませんから、遠く離れた地で高校に行っていたのです。
家に帰ってから、ハサンから鞭を打たれ、その後、ハサンの本当に下僕のように働かされていました。
はたから見ても、良く働きます。
畑仕事から、家畜の世話、ラクダも乗りこなせれば、トラクターも運転できます。
食事の上げ下げ、お茶の上げ下げ、本当によく働きます。
そのアワッドが、どういうわけだか、また高校に行きたいと言って勉強を始めました。
英語をちょっとだけ、教えたのですが、全く埒が明かずに、辞書が欲しいと言ってきました。
彼は、私との会話の中では、頭は良いと感じていますので、勉強をすれば、相当伸びると確信しています。
その思いもあり、町に行って、辞書を買ってきました。
そして、今日それを手渡しました。
裏表紙に、「アワッドへ、勉強せえよ!」と書き
私のサインを書き、日にちを入れました。
29 Apr 2009
ここから今日の話題2
そうです。この日は、日本では昭和の日で休日でしょうが、私の結婚記念日なのです。
今年で17回目となります。
いやー、あれから17年もたったんだなあと、一人暑い中、悦に入っておりました。
嫁さんの受け持っていたクラスの子を全員お母さんと一緒に呼んだ結婚式でした。
車いすに乗った子供たちは、みな綺麗に着飾っていました。
お母さんたちも、素敵な笑顔でした。
あの子たちは、今頃どうしているのでしょうか?
私は厚かましいもので、嫁さんの教え子のお宅までお邪魔して、そこのオヤジさんと
酒を酌み交わしたりもしていました。
確か、弟を競輪選手にさせたいとか言っていましたが、あの弟君はどうなったのでしょうか?
当の本人は「りのちゃん」でした。
また、「鉄っちゃん」はどうしているのでしょうか?
転倒しても大丈夫なように、いつもヘルメットをかぶっていましたが、本当にいつも笑顔でしたね。
あと3年くらいたって、あれから20年と銘打って、同窓会でも企画したいと部外者である私が勝手に思っていますが
一度、嫁さんに打診してみようかな。
と思いを馳せていたら、メールがきました
今日の話題3
先日のブログは最新情報がでてなかったので、
こちらを掲載してくださいと、鹿児島からメールがきました。
彼の熱い思いも語られていますので、こちらもご覧になってください。
http://kagosima-masato-goto.blog.so-net.ne.jp/archive/c2300551145-1
鹿児島と聞くと、なんだか私の血がたぎってきます。
私の祖母が鹿児島ですが、それだけではなく、幕末期の薩摩藩が思いだされ、
私はわけもなく興奮してくるのです。
本当は鹿児島の学生さんたちと夜を徹して盃を傾けたいのですが、
次の日は、私の最愛の末娘(小学校2年生)の運動会があるので、最終で帰らせてくださいね。
五藤くん、ごめんなさい。今度ね!
川原尚行
暑さは相変わらずです。
患者さんの体温を測ろうと体温計をだすと、最初から40度です。
これには、対処方法があって、体温計の先を水に濡らして、しばらくすると気化熱で
体温計自身の温度が下がり、計測できます。
体重計が100グラム単位で計測できますので、自分の体重の変化を見ると
一時間もしないうちに100グラムが減っていきます。
つまり、この速さで汗を掻いているのです。
しかし、一部の地域では雨が降ったようです。
雨が降り出すと気温も下がります。
ちなみに、今は砂嵐が吹き荒れています。
なんという、すさまじい自然なのでしょうか!
診療所のある村にいると、否応なしに自然と向き会わねばなりません。
過酷な自然との付き合いもありますが、今日の月は三日目だとか四日目だとか他愛のない話題にも事欠きません。
また、首都のハルツームにいれば、普通に政治状況であるとか、そういう方向に目が行ってしまいますが
地方においては、政治情勢などは入ってこずに、自然にいつごろ雨が降るのだろうかとか、そういったものに関心が寄せられます。
そして、今年は雨がたくさん降って、農作物が豊富にとれますように!とかの願いが自然と頭に浮かんできます。
昔の日本人が、お天道様に雨乞いをしたり、私の地元では「おひまち」といった行事もあります。
これは、豊作を祈っての太陽を崇めるものでしょう。
人は、自然に対し謙虚でなければなりませんし、こればっかりは、どうしようもないことですからね。
そして、暑い中、パンツ一丁でパソコンを打っているのです。
川原尚行
この3月に久留米大学で講演をした際に、鹿児島大学で講義を終えて車をかっとばして
来てくれた学生さんがいました。
その学生さんに、鹿児島で是非とも講演会を開きたいので、よろしくね!
とお願いしていたら、彼が中心となって講演会を開催してくれる運びとなりました。
日時 5月23日(土)
11時半開場
12時から情熱大陸、ムーブ放映
13時から14時半まで講演
場所 鹿児島大学鶴陵会館
入場料 500円(駐車料金無料)
問い合わせ 五藤雅人 090?1974?1572
チケットのお問い合わせ・お申込みは下記までお願いいたします。
(折り返し確認のメールを致します、直接チケットをお渡し出来ない場合は”ご予約”という形になります)
講演会実行委員長 鹿児島大学医学科4年 五藤雅人宛て
e-mail: dr-kawahara-kouenkai@mail.goo.ne.jp
(記入事項:お名前・枚数・お電話番号もしくはメールアドレス)
詳細はこちらのページでご確認ください
http://kagosima-masato-goto.blog.so-net.ne.jp/archive/c2300551144-1
となっております。
この五藤くんこそ、久留米まで来てくれた学生さんであり、彼が講演会実行委員会をまとめあげているようです。
素晴らしい行動力ですね。私の学生時代を思い出すと、そんなことは出来ませんでした。
この講演会実行委員会の学生が熊本大学まで宣伝に行ったそうです。
そして、熊本大学でも講演が決まりました。
日時 5月19日(火)18時から
場所 熊本大学医学部総研3階セミナー室
入場料 無料
問い合わせ 熊本大学大学院消化器外科医局(096?373?5211)
後援 熊本県医師会、熊本市医師会
以上のようになっています。
このように、人のつながりで講演会も広がっていきます。本当にありがたいことです。
川原尚行
山口大学にて講演会を行います。
日 時:2009年5月12日(火)19:00?20:40
場 所:山口大学小串(医学部)医学部総合研究棟1階 S1講義室
演 題:「本当に価値あるものを見つけるために?スーダンでのNGO活動?」
次 第:
19:00〜19:05 趣旨説明および講演者紹介
19:05〜20:05 講演
(5分間休憩)
20:10〜20:40 質疑応答
司会:阿部有紗 山口大学医学部医学科4年
対 象: 山口大学学部生、大学院生、山口大学教職員、一般市民(宇部市民、その他)
参加費:無料
連絡先:
阿部有紗(山口大学医学部医学科4年、国際医療研究会)
Eメール tanpopo.arisa@gmail.com
携帯電話 090-3155-8176
上記は、この3月にスーダンにいらしてくれた阿部有紗さんが企画してくれたものです。
彼女は、あのちっちゃな体のどこにそんなパワーがあるのかと思うくらいに、元気はつらつでした。
他の3人の男子学生を圧倒するほどの、快活さでした。
そんな彼女が、講演会を企画してくれました。
彼女は、交通費や謝金のことまで、気を配ってくれましたが、
彼女の講演会を企画してくれたという行為に対して、私はとても嬉しく思い
ゼニカネ勘定なしで、山口に向かいます。
どうぞ、山口の方々、宇部の方々、講演会にいらしてください。
川原尚行
とにかく、暑いです。
日中は50度近くまでなります。
夜の8時でも40度です。
室内のあらゆるものが熱を持っています。
夜でも熱がこもっていますので、外に寝ます。
昨日は読書で夜遅くまで起きていましたが、ばっちりと夜明けとともに目が覚めます。
暑くて、朝寝などしてられません。
外に出ると、日陰を探します。
日陰に入っても、風が吹くと熱風のように感じられます。
普段は乾燥して汗が出るのが、わかりずらいのですが、今の時期に外で動くと
はっきりと大量の発汗があるのがわかります。
そして、水を求めます。
ここまで、暑いとどうしようもありません。
もちろん、オフィスワーカーのごく一部の人たちは、クーラーのきいた部屋で仕事を
しているのでしょうが、私を含む、そうでない人たちは、自然のなすがままに身を任せるしかありません。
そうです。暑い時は、木陰に入り静かにするしかないのです。
人は、自然の前ではどうすることもできないのです。
暑くなれば、木陰に入り、じっとして
砂嵐が来れば、砂嵐が過ぎ去るのを待つしかありません。
過酷な自然の中では、耐えるしかないのです。
今、雷が鳴り始めました。
雨が降るとよいのですが、
今日は、外で寝るのをやめて、中で寝ます。
地獄かな。
川原尚行

ロシナンテス理事長 川原尚行の講演会が決定しました。
医療の国際支援 意志あるところに道は拓けるか
?スーダンでのNGO活動?
皆様にご参加いただける講演会となっておりますので
ご都合のつく方はぜひこの機会に足をお運び頂ければ幸いです。
(北九州での講演会の開催は他には予定しておりませんのでお見逃しなく!)
第26回 日本呼吸器外科会総会
市民公開講座 兼 特別講演
■日時 2009年5月14日(木)17:30?18:30
■会場 北九州国際会議場 1階 メインホール
(会場へのアクセスはこちらをご覧ください)
■司会 大田 満夫 (九州がんセンター名誉院長)
■参加費 無料
■参加申込方法
お名前と参加人数を記載し、メールまたはファックスにてお申込ください
ファックス:092-716-7143
※入場整理券はありませんので、直接会場にお越し下さい。
※事前申込されていない方でも当日の受付は可能ですが
なるべく事前にお申込いただけますよう、ご協力お願い申し上げます。
■運営事務局 株式会社コングレ九州支社内
〒810-0001 福岡市中央区天神1-9-17
TEL:092-716-7116
本講演会に関するお問い合わせは運営事務局宛にご連絡ください。
皆様のご来場をお待ち申し上げます。
原理主義と書くと、何やらいやーなイメージがあると思いますが、
原理主義を貫いている人もたくさんいます。
別に、嫌いとかは言いませんが、仕事を一緒にやっていく上で苦労します。
原理主義とは、その原理を全く崩さないように日々行動することを是とします。
日本人の「和をもって貴しとなす」などは、まったくどこ吹く風です。
日本にいては、全くこういう人たちと交わることはないかもしれませんが、
私は仕事上どうしても避けて通ることはできません。
最初は、全く相手の思考回路が分からずに、戸惑うことばかりでした。
というより、結構頭に来ることもあったのです。
「少しくらいいいじゃん!」
「これくらい大目に見てよ!」
「こっちは、譲歩しているんだから、そっちも少しくらい譲歩してよ」
とかは、全く通じません。
徐々に付き合っていくと、「こんな考え方をするんだ」と理解できる部分も生じてきます。
ただ、分かち合うまでには、まだまだほど遠いですが、
相手の考え方が少しでも理解できてきたことは収穫です。
なにせ、次の手をどう打つかのこちらの判断材料になるのですから。
でも、このような人々が政権をとっている国と外交で勝負しようとすると
大変だと思います。
本当に、相手が何を考えているのかを理解しなくては、先の手が考えられませんから。
私が原理主義であり「日本原理主義」とでも、思想的に持っていれば、彼らとは絶対に相容れないでしょう。
でも、「日本原理主義」みたいなものはなく、日本人独特の思考の仕方で彼らを理解していくしかないですね。
理解できないから排除するというのではなく、それはそれで認めないといけません。
そして、以下に相手を理解するかですね。
そのような意味で、スーダンで文化を学びとろうという若者に敬意を表します。
原田君、しげちゃん、龍児、それに丸ちゃんとそれぞれが、自分なりの手法で、こちらの文化を学びとろうとしています。
ちなみに、彼らは、ロシナンテスの居候組です。
日本は、百年と少しかけて西欧文化を学び、そして消化して日本の今ある繁栄(最近は先行き不透明ですが)を迎えることができました。
彼らが、開拓者となって、きっと100年後には、日本もこちらの文化を学び、自分たちのものとし、新たな方向の繁栄を迎えることになればと
思います。
そして、彼らに共通することは、個人的な利を求めての勉強ではないということです。
「今現在なんの役に立つの?」
と聞かれても、彼らも返答に困るでしょう。
でも、私は答えます。
「きっと、日本の役に立つ」
理由を聞きたい方は、私のところに来てください。
5月の中頃から日本に帰ります。
最後に、私は彼らを尊敬しています。そして、こらからも頑張ってくださいね!
川原尚行
診療所のあるハサバラ村の女子学校建設が着実に進んでいます。
もう、工事の半分以上は進んでいます。
昨日は、教育大臣と大臣室でお会いし、それから現場の視察と相成りました。
大臣が向かうからには、次官、それに初等教育局長その他諸々に人たちが同行となりました。
途中、ショワックによって、ここのトップ(日本では市長にあたるのでしょうか)に会い、
彼も連れて行きます。
この行政区分が、いつも面倒で、ガダーレフ州と直接やり取りをしますが、
本来であるならば、ガダーレフ州エルファシャガ市の市と交渉をしないといけないのです。
ただ、市ともなると、ほとんど機能していないのが現状で、
いくら、こちらが話を持ちかけても、先に進まないことがあります。
それで、直接その上部である州政府を相手に事をすすめ、事後承諾で市に話を持っていきます。
当然、市は怒ります。だって、通常の流れではないのですから。
昨日も、市長に嫌味を言われながらも、「ごめんなさい」
を繰り返して、お連れしました。
時には、愛嬌も使います。
しかし、何といっても教育大臣(州レベルですが)は、立派でした。
村人を集めて、女子教育の充実を訴え、この学校ができたら、きちんと女の子を通わせるように指示したり、
学校の時間外でも、大人のための教育施設として使用することを提案したり、
教育省も、今の施設に加えて子供たちの発表のための舞台の建設や、将来を見越して電気を通すように一部手直ししたり
制服を調達しようとか、教育省が現在出来ることを約束してくれました。
最後に、ここをモデル地区にしようと言ってくれました。
スーダンのほかの村が模倣したくなるような村にしよう!
NGOは単独で活動しても効果のほどは知れています。
それに地方行政がいかに協力してくれるかで、この程度が変わってきます。
もちろん、行政が行うべき仕事ですが、それはまだ植民地後の真の体制を作りきれていないアフリカの現状(決してスーダンだけではありません)があります。
診療に関する保健省との協力、学校建設に関して教育省との協力、水事業に関しての水公社との協力。
これらが必要です。
ただ、今までに何度も「リップサービス」だけのケースを見てきただけに、
今度の教育大臣の発言通りに学校建設の拡充が進めば、素晴らしいことです。
教育というのは本当に根幹部分です。
そして、すぐには成果は出てきませんが、数十年後にきっと成果が出てくるでしょう。
そこまでを見つめて、ここがモデル地区になってくれればと思います。
こんなことをしていると、日本は本当に素晴らしいシステムをもった国だなあ、と感じます。
小さなほころびで、マスコミをはじめ文句を言いますが、私は大局的に見て、素晴らしい組織だと思います。
私が心配しているのは、今の素晴らしいシステムを小さなほころびが駄目であると言って、
大きく変革していくことです。アフリカに身を置くと、そんな風に見えてきます。
詳しいことは、また別の機会にでも。
川原尚行
昨年は、高校1年生が企画してくれて、群馬県の高崎高校で講演会ができました。
そこで、頂いた彼らの感想文に私自身胸を熱くしたこともありました。
最近、米国在住の高校生からメールがきて、日本の医学部に進学したいとの相談でした。
私とちょっとした縁のある大学を受けるようで、もし彼が合格すれば、その大学で会えるかもしれません。
そう考えると、来年がとても楽しみです。
そして、彼が大学に入って、卒業して、研修を積んで、何か一緒にしようという時には
たぶん、20年先を見据えないといけません。
私は、もちろん20年先でも頑張っているとは思いますが、今の高校生と一緒に事を為そうと
20年先のことを今から考えるのは、楽しくもあり、恐ろしいことでもあります。
高崎高校の生徒さんは、自動車の開発を行いたいという夢を語ってくれました。
彼が作る車にも乗らなければいけません。
これも20年先くらいのことでしょうか。
うちの息子も高校2年生で、20年後は何をしているのやら、
でも、今の高校生と次世代を考え、そしてともに次世代を築いていけたらと思いますね。
厚かましいけど、ともにと書きました。
気持ちだけはいつまでも若くいきたいですね。
川原尚行
先週末の金曜日、ハサンから結婚式があるから出てくれと言われました。
また、いつもの村人の誰かの結婚式かなと思って、「いいよ」との返事をしました。
結婚式と言っても、村の人たちを呼んで、食事をするだけの極めてシンプルな結婚式です。
たぶん、周囲の人々に結婚を知らしめるという意味があると思うのですが。
さて、今回の食事の用意は、ハサン家の家族がしています。
おや?
という感じでしたが、
徐々にわかってきました。
そうです、結婚はハサンの娘さんだったのです。
アーフィア、17歳
以前、結婚しましたが、旦那の暴力に会い、離婚。
その後、妹たちと一緒に学校に行っていましたが、
再び結婚になりました。
相手は、35歳の学校の先生。
一人目の奥さんとして迎えるようです。
私が見るからに、誠実そうな男性でした。
ハサンの14人いる子供のうち、上2人の娘が結婚して家を出ていきました。
そして、第一夫人、第二夫人には、現在それぞれ妊娠しており、
15人目、16人目の子供になります。
「一人は、学校の先生、一人は病院で、一人は農業、一人は家畜の世話、そして一人は水汲み、将来こんな風になれば、すごいだろ!」
と最後の水汲みには笑いましたが、家の中では重要な仕事です。
それにしても、16人です。
そして、第一夫人、第二夫人が同時期での妊娠です。
日本の常識では考えられませんが、こちらではそれが慶び事なのです。
そして、村の人たちが私に第二夫人を持つように勧めます。
もちろん、丁重にお断りしています。
この人たちが見ている世界は、我々日本人が見ている世界とまるで違ったものです。
それぞれが、違ったメガネをかけて、世界を見ているのです。
日本人が、こちらの人のメガネをかけると、たぶん度が違いすぎて目を回してしまいます。
ただ、日本人がこちらの人のメガネをかけて、日本の社会を見ると、随分とへんてこりんな社会に映ることでしょうね。
私の眼は、たまにですが、こちらの人のメガネでも合うようになってきています。
そのために、日本に帰って周囲の人たちから「常識がない」とよく言われています。
ただし、私の場合は、メガネを交換することができますので、
日本に帰るときには、日本用のメガネにします。
でも、たまにスーダン用のメガネをして日本を見るようにもしています。
川原尚行
以前、私が地元に帰って講演会をしたときです。
講演会後、母親に連れられて、20くらいの若者が恥ずかしそうに、私のところに来ました。
何でも、今は大学に行っているが、国際貢献をするために医学部に入りなおしたいとのことです。
その時は、長く時間を取ることもできなかったので「頑張れよ」とだけ言って別れました。
彼は、私と同じ地域の出身で、母親同士も知り合いだったようです。
私は自分の人生に対して、あまり深く考えたこともなく、今の若者は偉いなあ!
と思っていたものでした。
それから、再びスーダンへ旅立ち、また帰国した際に、私の母親が
「あの子が病に伏せて、入院していたらしいよ」
と教えてくれました。
彼の実家へは、歩いて行けますので、そこへいくと
退院したばかりの彼がいました。
開頭手術を受けたようで、頭部腫瘍があったようです。
「今は、とにかく静養して、ゆっくり自分の夢を実現したらいいよ」
と言い残して、私は再びスーダンへと向かいました。
そして、スーダンから戻ってくると、
彼は亡くなっていました。
彼と実際に会って話したのは、二回のみです。
でも、彼の眼は輝いており、その輝きは忘れることはできません。
そして、再びスーダンに戻ってきました。彼の魂も一緒です。
彼と一緒に新たに医学の勉強を行おうと思っています。
今度、日本に帰ったら、彼の写真を講演に出そうと思います。
御両親からの了解も得ました。
彼の異国での頑張りをみんなにお見せしようと思います。
川原尚行
最近、暑さが増してきました。
通常、温度計は50度までしか表示されず、50度以上のものは計測できませんでした。
しかし、霜田君が所有する温度計は55度まで表示されており、55度までは計測ができます。
さて、昨日の昼間、事務所の中では
「40度」でした。
そして、コンクリート敷きの駐車場の上に置くと、
なんと、針が55度を優に超え、目測では70で以上のでしょう。
その次は、日向の地上1メートルの地点では、
「62、63度」くらいでした。
そして、事務所の中に再び入ると「40度」が
「外よりはましだな」となるから、人間の適応力には驚きます。
夜も30度を下回ることはありません。
朝起きると、のどがからっからに渇いています。
相当量発汗するのでしょう。
今は4月の半ばです。5月には、もう少し暑くなるでしょう。
川原尚行
週末、ハルツームに戻ってHACにご機嫌伺いに行きます。
国際NGO担当のトップといろいろと話をします。
彼も、立場的に辛いものがあります。
13もの欧米系のNGOを彼の名前の元、国外追放にしたのですから。
以前あったCAREの大きな事務所も、今日ちらっと見ると「もぬけのから」でした。
表では、突っぱねて見せますが、彼も人間ですから、一歩その立場を離れると
微妙な心持ちになるのでしょう。
周囲からのプレッシャーも大変なことだと思います。
以前は彼とはいがみ合う仲だった(HACの代表とNGOの代表としてのいがみあいです。今でも思い出すと苦笑いしながらも腹が立ちますが)のですが、今では、とても仲の良い友人関係です。
そこで、彼の業務とは離れて、ロシナンテスのサイトビジットを誘いました。
彼は、まだ一度も我々の村を訪問したことがなかったのです。
もちろん、彼は激務(本当によく働きます)でしたので、そんな余裕はなかったのです。
ということで、明後日から彼と一緒に村の診療所へと向かいます。
そのことを、我々のガダーレフ事務所に伝えると、スタッフは大騒ぎです。
なにせ、NGOの取り締まりの親分が来るのですから。
彼も忙しくて、ドタキャンもあると今から思っていますが、天がお望みであるならば、
二人で一緒にガダーレフへと行ってまいります。
川原尚行
我がロシナンテスのスタッフにハフィーダという女性がいます。
スーダンを訪問して御存じの方もいらっしゃるでしょうが、なかなかチャーミングです。
彼女は、物を片付けるのが苦手でよく物を失くします(私が言えた義理ではないのですが)が、
彼女の交渉術はたいしたものです。
私がいくら交渉してもだめな相手に、
「私に任せておいて」
と言って、私をそばにおいて
難航する話をまとめあげていきます。
そして、最後に交渉した相手に
「ドクター川原にあやまりやさい」
とまで諭して、私に握手をさせます。
話術もさすがですが、彼女の中から何かが湧き出ているのでしょう。
相手はそれにまるめこめられるようです。
さて、彼女は昨年の春の初めは、恋人を交通事故で亡くしてしまい、
涙にくれて、ベッドに塞ぎこむ日々でした。
私はなすすべもなく、彼女のそばにいたりいなかったり、おろおろとしていました。
しばらく経って、仕事にも出てくるようになり、徐々に彼女の本領を発揮し始めました。
うまく、彼女の中で恋人の死を昇華していったのでしょう。
そして、昨日私に向かって
「私は今4人の男性に言い寄られているの」
と、きました。
中には、私が見ても、かっこいいと思う男性もいます。
彼女は、ちょっと丸い体型です。いや、ちょっとではなくて相当かな。
体重は、私より重いはず。
アフリカでは、そんな女性がもてるのです・
たぶん、彼女の内面から醸し出されるものに、スーダンの男性陣は
メロメロとなっているのでしょう。
現在、悲しみに暮れている方、そして何をやってもうまくいかずに人生が面白くないと思っていらっしゃる方
止まない雨はないのです。
土砂降りになったら、どこかで静かに雨宿りしたらよいですね。
いつか、いつか雨があがり、晴れ間がみえるでしょう。
今、晴れ間が広がっているハフィーダを見ていると、そう思います。
人生において、悲しみもあれば喜びもあります。
悲しみが深ければ、喜びもそれだけ大きなもののようです。
昨日、ハフィーダは私の机の上に彼女の飲みかけのジュースを置きっぱなしにして帰っていきました。
私は苦笑いをしながら
「ハフィーダの奴!」
と言いながら、その飲みかけのジュースを片付けます。
きっと、私に関しても、私が気がつかないところで、私のやりっぱなしにしたことを誰かが
「川原のやつ、だらしないなあ」
ということで、片付けてくれていることでしょう。
人生には、悲しみ、喜びがあり、
そして助け、助けられですね。
川原尚行
突然ですが、お知らせいたします。
来る、5月17日にイベントを行います。
それは、我が家から猪倉の山を越えて、河内貯水池に出て、それから皿倉山に登り、
山頂で飯を食べ、ゆっくりと河内に降りてきて、そこにある「あじさいの湯」で温泉に浸かり、解散!
という、ロシナンテス・チャリティー・ウォークを突如、スーダンにて思いつきました。
このコースは、私がまだ北九州市立高槻小学校にいたころの定番の遠足でした。
たしか、最終学年は、競争して皿倉登山をした記憶もあります。
今考えれば、かなり長い距離だったと思うのですが、とても楽しい遠足だったのを思い出します。
それを、娘と行いたいだけの気持ちですが、折角なら、皆様方ともその楽しみを共有したいと思い、
企画しました。
企画って言っても、こうしてブログを書いているだけですが。
少なくとも、私と末娘の二人は参加します。末娘の了解も取っておりませんし、たぶん、小学校の運動会が重なってないと思います。
このようないい加減な企画ですが、「私も参加したい」と思っていらっしゃる方は、事務局までご連絡ください。
093?922?6470
もしくは、rocinantes-sudan@hotmail.com
までメールをください。
スーダンの荒涼とした中で日本の新緑を思い浮かべる
川原尚行
ハイウェイから村の診療所へ曲がるところに、ロシナンテスの看板を立てています。
日の丸とスーダン国旗とロシナンテスのロゴを入れています。
たまーに、こちらの方面に来られる日本人の方々から、思いもかけぬところで日の丸を見かけるため
「感動した」
と言われることもあります。
さて、この看板が事故の巻き添えをくらい、破壊されました。
大型トラックと乗用車の事故です。
大型トラックの運転席部分は大きく破損しています。
幸い、死亡事故とはならず、片足の切断で済みました。
事故のすごさからいうと、本当に不幸中の幸いでした。
ロシナンテス看板が、ひとつの命を救ってくれたと勝手に思い込んでおります。
人間の命を救った代わりに、ロシナンテスの看板の命ははかなくも消え去ってしまいました。
また、作らないといけませんね。
人間の命は、再生はできませんが、看板ならいくらでも再生ができますものね。
水事業でも、スポンサーとなってくださったJ's Foundationの看板を作らないといけません。
これから、看板作りに励みます。
川原尚行
ちょいと、スークに出ました。
特段の目的もなく、本を片手に、お茶でも飲もうかと思ったのです。
道端にある店で、こまごまとしたものを買い、お茶屋へと向かいます。
手にしている本は、沢木耕太朗であり、久し振りに彼の本を読みます。
雑踏の中での読書ですが、頭にすーっと入ります。
気分よく、お茶を3杯も飲んでしまいました。
さきほどの買い物のおつりを見ると、1ポンド余計に貰っているのがわかりました。
「これは返さねば」と先ほど行った店に行き、
「1ポンドおつりが多かったよ」と笑顔で返します。
向こうも、笑顔で「あーそうだったね」
「中国人かい?」
「いや、日本人だよ」
別の店に行きます。
すると、ある男性から声をかけられます。
「ドクトール」
「だーれ」
「この前、病院で会ったじゃない」
「あー、あのときの看護師さん」
と、こちらも話がはずみます。
ラジオが大きな音でサッカー中継をしています。
スーダンのチームと別の国のクラブチームが戦っていて、
スーダンのチームが2?0で勝っているとのことです。
商売そっちのけで、ラジオを聞いている人もいます。
混沌としている中での、生き生きとした表情が多くみられます。
整然とされたスーパーマーケットにない雰囲気です。
この混沌を嫌いな人もいるでしょう。
私は好きです。
昼間は暑く、砂嵐が吹き荒れました。
夕方の空は、雲もあって夕焼けがきれいでした。
川原尚行
報告:九州大学医学部5年 島垣 智成
研修活動内容
[2009年3月22日 @ハルツーム]
11時40分 期待と不安を胸にハルツームに到着。
空港まで何と、直接川原さんに迎えにきてもらい、昼飯にロシナンテス事務所にてそうめんを御馳走になった後、HACへとご挨拶。3月4日のICCからのバジール大統領逮捕の通知により、やはり国内の混乱は生じている模様だった。
夕方、霜田さんによるハルツームドライブ観光。初めてのAfricaの大地は新鮮すぎました。やっぱり、暑いよー!
[3月23日 @ハルツーム]
9時過ぎより、イブンシーナ病院へと病院見学へ。ここの病院は、日本のODAで建てられ、お金の流れとかはすごく気になりはしましたが、endoscopic、ERCP、X線、US、血液透析などなど、日本のものと型は古いけれども、ほとんど同種のものが入っていて、ここの設備、機材といったものには想像以上に良く驚かされました。アフリカの地で、ここまでの医療のスキルがあることにすごく感銘をうけました。
その後、ガダーレフの地元の医学生と、その一人の教授の家、イスラム医大病院にて交流。スーダンにおける医療体制、医者の社会貢献、賃金体制など社会全体をひっくるめて考えれたし、スーダン学生のモチベーションの高さ、勉強への熱心さに刺激を受けまくりでした。
夕方からは、地元の若い青年たちのサッカーの練習に参加するため、三田さんに連れられ、2時間ほど汗を流してきました。僕勝手な意見を言わせてもらうと、アフリカの選手は僕のイメージ通り、身体能力は高いけれど、まだまだサッカーの勉強が足りないなと感じました。例えば、試合ではシュートをなかなか打たなかったり、ゲームメイクにおいては前とか逆ではなく、後ろばっかり楽な方にパスをだすなど、すごく人柄とかがサッカーにも反映されているなって感じました。
[3月24日 @ハルツーム&ガダーレフ]
8時半からイブンシーナ病院にて内視鏡検査の見学。日本とやっていること、機材とかもほぼ同じで医療技術の高さにビックリ。スーダンの先生は、スーダン医学生に混じった僕らにも優しく指導してくれました。
15時にロシナンテスのご好意のおかげで、ガダーレフへのTravel Permissionがおりました。ものすごくありがたかった。
15時半にカルツームを出発→→→22時にガダーレフ ロシナンテス事務所に到着。この時、すごく話しに出ていた岩間さんと合流。雰囲気は何か深いものを感じました。
[3月25日 @ガダーレフ&シェリフハサバラ村]
朝飯に街のザラビアを御馳走になってから、午前中は、ガダーレフのPublic Hospitalの病院見学。こちらのムバラク先生に色々な科の現場をみっちり教えていただきました。小児科、整形外科、歯科などなど。小児科では、男の子の割礼の手術を見学したりと、見学の中身は盛りだくさんでした。都市の病院と比べて、病院の器具が不潔だったり、ICUにおいてO2ボンベの固定が不十分で危険だとか、いろいろと病院として不十分なところが結構見受けられました。
昼過ぎからいよいよ村へと移動し、夕方前に村へと到着。
村の長、ハサン一家に挨拶に行き、荷物を置いて、みんなで川へと歩いて向かったのですが、はてしなく川への道のりはありました。でもここの村の子供たちともじゃれあいながら、みんなでワイワイして自然と笑顔になれるし心の底から楽しめました。そして、何といってもアフリカの景色がとんでもなく拡がっていました。アフリカに来て本当に良かったって思える、涙もんの景色が何度も何度もありまくりでした。
川から帰ってきて、夜は村の会議に参加。お偉いさんが集まって、村の水タンクのことなど、村の大事なことを、最後に各々の署名を取る形で決めていくという、すごく良い会合をしていました。
夜は満天の星空のもと、夢見心地で流れ星を探しまくっていました。この星空は感動的でした。
[3月26日 @ガダーレフ&シェリフハサバラ村]
村では、朝はかなりの冷え込み。感覚的に、昼間は40℃を超えているだろうけれど、朝とかは10℃程度。この昼夜の気温の差はこたえました。
朝は村からガダーレフの事務所に戻り、ガダーレフ病院の先生のもとで朝食を御馳走になりました。それから、その先生の指導のもとガダーレフの医学部の大学へと見学に行きました。説明好きな先生で一つ一つ人体の解剖や器具など、しつこいくらいに丁寧に教えてくれましたし、図書館、実験室、解剖室など案内してくれました。図書館でみた、ここの医学生が英語の医学書を広げ、熱心に勉強している姿は、同じ医学生として刺激的な光景でした。
夕方17時くらいに村へと戻り、外で村の子供たちとサッカーとかしながら楽しみました。子供たちの無邪気さ、つぶらな瞳、笑い顔など、いろんなものに心が癒されました。
この日の夜は、流れ星を何と2個見ることができました。
[3月27日 @シェリフハサバラ村]
朝はバタバタ起きて、ラクダのお乳を飲みに車で出かけました。ラクダの搾りたて牛乳は栄養満点らしいし、あまくておいしかった。ラクダの大群や、帰りの途中、遊牧民とも出会ったりもしました。ここではそういったことや、360度まわり全てが地平線まで見渡す限り同じ景色で、広大なアフリカ大地といったものに感動しました。
10時半にいよいよ村を出発し、16時半にカルツームのロシナンテス事務所に帰ってきました。そして17時から女子スーダン代表との親善試合。
かなり試合はテンションが上がりました。JICAの人、署長さんなど、普段自分にとって会うことのないであろう人たちと日本チームとして戦いました。前半1-3と劣勢にたつも、後半川原先生のゲキのおかげもあってか、結局7-5と日本チームの勝利!かなりエンジョイすることができました。 夜は、リビアの貝型の高級ホテルでの勉強会に参加。朝まで村での原始的な生活だっただけに、このギャップには驚きでした。内容は、GITにおける内視鏡の長崎大学の論文発表やら、症例発表、クラリスロマイシンの薬の製薬会社の説明といったもの。ここの体験ではすごく日本の医療はしっかりしているし、世界に誇れるものなんだなってのを改めて感じることができました。
[3月28日 @ハルツーム]
この日はサッカー三昧な1日!
8時から、三田さんがコーチしている、10歳過ぎを対象とした少年サッカースクールのコーチへ参加。40人くらいの子供をうまく二つに分けて、練習をしっかりと2時間くらい行っていました。今回のこの経験では、すごく自分が小学校のときにサッカーをしていた頃を思い出しました。無邪気に何の曇りもなく、ボールを追いかけていたあの頃のことを。
昼からはロシナンテス事務所のTVで、日本代表のバーレーン戦をみんなで応援し、その後Dr.サユリさんの家に御馳走になりに行ってきました。
そして夕方から、僕の中でのかなりのビッグイベント、スーダンvsマリのW杯最終予選の初戦の観戦へ行ってきました。代表戦を見に行くのは初めての経験だったので、何もかもが新鮮ですごくエキサイティングなことだらけでした。試合内容としては縦に大きく蹴ってばかりのすごくアフリカっぽいサッカーだったけど、スーダンが1点追いついた時のテンション、スタジアム全体の熱狂はものすごいものがありました。結果は1-1のドロー。結果はもう一歩だったので、残念だったけれど、一緒に応援していたスーダン女子チームの人たちも、みんな元気に良い顔で応援したり騒いだりしていたし、すごく楽しい経験をさせてもらいました。
[3月29日 @ハルツーム]朝から、事務所でロシナンテスの手伝いをしていた丸ちゃんによる、丸ちゃんツアーへ。オンドルマンやカルツームの街へと買い物に行ってきました。その際には今まで利用していなかったバスを利用して向かったりと、たくさん街の活気を感じまくってきました。
午後からはPrivateのFEDAIL HOSPITALへ病院見学に行き、様々な病院の設備、施設を案内してもらいました。設備、人事といった、この病院の高度な医療体制には驚きました。
その後Iイブンシーナ病院の内視鏡の先生たちとの昼飯に出かけ、研修は終了でした。
研修を通じて学んだこと、感じたこと
私にとって、上記で感想みたく活動を書いているが、ここスーダンでの生活全てが本当に本当に大きな研修そのものでした。この実際に見て感じた一瞬一瞬を大事にして生きていきたいと感じました。
この研修において感じたことを、大きく3つに。
?日本の医療の素晴らしさを改めて実感することができた。
スーダンにおける医療体制、法制度、施設などの医療基盤の未熟さ、スーダンの中央と地方との格差などなど、実際目で見て、肌で感じ、色んな人の話しを聞いていると、ものすごく日本の医療は世界に誇れるものなんだなって、今まであまり大学では、他のことに夢中になって医学の勉強をあまりしてこなかった自分としては感じました。もったいないいし、自分に情けなく感じました。
でも今気づけたのは良かったと思うので、これから日本に帰ってからはしっかりこの気持ちをかみしめながら、頑張っていきたいと思いました。
?スーダン人の人柄の良さは天下一品!
スーダンでの生活を経験して、ちょっとの間の滞在だったけど、すごく自分の心が穏やかになったと思いました。なぜなら、ここの生活では自分の殻にこもりこむことはないから。
何がいいって、ここでは知らないやつでも、目と目が合うと”サラマレーコム”って言って握手をして挨拶する。何気ないようで、めっちゃいい行動だなって思いました。人ってもんは、つながりで出来ているっていっても過言ではないと思うんで、触れあうってのはやっぱり良い。日本ではそれがどんどん薄れていることが寂しすぎます。当たり前のことを忘れてはいけない。
?サッカーは世界共通で、言葉いらずで仲良くなれる!!
自分はすごく英語が下手くそだったけれど、サッカーの時だけは、スーダン人の前でも胸を張ってイキイキと自分を出すことができました。女子サッカー親善試合、スーダン代表戦など、ものすごく熱くなれました。
でもまた、ものすごく英語力の重要性も強く感じました。読めるんだけど、話したり聞くことが下手くそすぎでした。悔しかった。話さないと相手の思いが分からないし、自分の意志をも伝えられない。もっと勉強します。
本当にスーダンへ来てよかった!色々な人に、場所に、景色に、環境に刺激を受けまくりでした。
一緒にロシナンテスと共に行動させてもらったこの約10日間は夢のような楽しい時間でしたし、しっかりと自分のこれからを考える貴重な時間となりました。本当に頼りがいのあるキャプテン川原先生の下、川原先生の大きな背中を見ながら、ロシナンテスのみなさんが突っ走っている姿はめちゃくちゃかっこよく思えたし、すごく温かい風がみなさんの中に流れていて、そんな家族みたいな温かさに触れてすげぇ、心地が良かったです!!!最後になりますが、川原先生をはじめ、ロシナンテスのスタッフの霜田さん、岩間さん、海原さん、三田さん、モハちゃん、丸ちゃん、そして一緒に行動を共にできた阿部ちゃん、べっきー、こばちゃん、本当に本当にお世話になりました。たくさんありがとうございました。感謝感激雨あられです!
またこれからもよろしくお願いします。
報告:別城悠樹
2009年3月22日?30日までスーダンで、ロシナンテスで研修しました。
きっかけとしては、クラスメートが川原さんの講演を聞いたことです。私が将来を考えるとき、発展途上国で働くことを考えていませんでした。その世界に身近な人がいて、たまたまテレビで特集されていて、それでさらにどんなものなのか知りたいと思いました。講演を聴いて内容の概要を把握して、おもしろそうでたいへんそうということはひしひし感じつつも、なぜそこまでスーダンなのかは実際見るまで分からないことでした。
研修内容は主として以下の3つです。
1)Khartoum(ハルツーム)、Gedaref(ガダーレフ)、ハサバッラ村での医療活動を見学しました。
思ったことは、地域ごとであまりに医療レベルがことなっているということです。村には資源があまりに限られていて、都心部の人も問題だとは認識しつつ、村で働きたいという魅力は感じていないです。意思伝達がもっとでき、意思が尊重される環境作りが必要でした。
2)HAC、Gedaref(ガダーレフ)の厚生省(?)を見る。特に厚生省では理想と現実にギャップがあって、田舎エリアの質は保てていないとのことでした。金銭的に余裕がなく難しい問題でした。政府が、田舎での最低限の医療を確保することが絶対に必要ということを、州民全体で抱くと共に、田舎サイドから税金にかわる政府へのサポートも重要で、それが何なら可能か見つけ出せなかったです。
3)食事を通してスーダン人と触れ合う。スーダンで出会った人たちはとても温かく迎えてくれ、ニュースではしれない魅力を感じました。積極的で社交的で接しやすく、うまく対応できない私にもよくしてくれます。ただ、私も英語をしっかり使えるようになり、それを材料に深く接することができれば表面的でないスーダンがみえて、それは課題でした。
研修を通して、多くを直接的に感じることができた。具体的には、スーダンの状況がニュースで見たものとは少し異なるということ。体制が十分ではなく、地域での特に教育・医療が乏しいこと。人々はとても純粋で、フレンドリーで、優しいということ。自分の目、肌で感じて初めて分かることだと思います。
スーダンと日本を比較すると、発展した国、途上国。宗教が弱い国、強い国。それによって日本では安全に過ごせる一方、スーダンでは貧富の差があったり争いがあったり。そういった問題を身近に感じ、日頃から敏感に考える必要があります。
将来への希望として、一番強く思うのはこの報告書を含めて文章を書く機会を大切にして、もっとうまくなりたいです。
また、車の上から広大な砂漠を見たとき、今までと全く異なる景色でこれからは一つの見方に限らずにものごとをとらえます。単にメディアや他人のコメントを鵜呑みにするのでなく、可能な限り実際にみて、その上で他人の意見や視点を参考に多角度からものごとを捕えていきたいです。また、スーダン人の社交性、親切さをお手本に(私にはあそこまでは無理なので参考にして)、深く人と接することで、異なる生まれ・考え方を理解し、互いに尊敬し合い、わだかまりのある場で、橋渡しをできる存在になりたいです。
最後に感想として、スーダンで、肌の色、宗教、町の発展度合いが違う場にこれたことはとてもありがたいことです。日本にいると、日本の生活が普通で、日本の人が当然ですが、研修によって、日本の環境の快適さ、スーダン人の温かさなど、比較することで狭い視野が少し開けた気がします。
ウンドゥルマンの教育病院の学生が、日本で産科医が不足していることについて質問されたことです。その学生はたまたま来た私の日本についても知っているのに、私はスーダンも日本もよく知らず、情けない気持ちででいっぱいです。自分の国と相手の国を知るのは礼儀だと、礼儀知らずなわたしは感じました。
この研修を共にした人たちのよさに助けられました。社交的で元気なあべさんには私が思う以上に助けてもらっていたと思います。こばさんの、夢を持っていて疑問を突き詰めようとする姿勢を見て、将来の志望を持つことの明るさを見ました。同じ九州大学からきたしまさんは包容力あって包容されていました。一方私はぽーっとしていましたが、みんなとの生活でできるだけ何かしたい、積極的に働きたいと思うようになりました。
川原さん、忙しい中とにかくありがとうございます。スーダン生活だけでなく集団生活の魅力もありすごく濃いい時間でした。
海原さん、電話でしか接していないですが、受話器越しに優しさがびんびんでした。
霜田さん、川原さんとのからみが好きです。アシスタント頑張ってください。
岩間さん、スーダンの地にどっしりされていて、まるさんのいっていた以上の人でした。
モハメド、絶妙なコメントが忘れられません。モハメドの強さ・優しさの出る大学入学までの話は胸にきました。
まるさん、最終日のツアーありがとうございます。ふとしたときにやさしさ、熱さが伝わってきました。
ロシナンテスメンバーにはほんと感謝です。
研修お世話になりました。あっというまでしたが、中身はあっと言えないくらいで、これからの学生生活・医者生活でしっかりかみしめて消化していきます。ロシナンテスのみなさん体に気をつけて頑張ってください。
報告:北海道大学医学部医学科3年 木場宣宏
見学動機
初めの純粋な動機としてはNGOの活動がみたかった。なぜなら、多くの巨大な機関が途上国などで様々な援助活動を行う中で、どの援助活動を見てもNGOの重要性が叫ばれているからだ。そこには草の根的で、柔軟な対応ができるなどの利点があげられているが、これをこの目でみて、その長所を実感し、もし機会があればNGOという組織として必ず内包してしまうであろう短所についても考察してみたかった
また、スーダンという国自体にも興味があった。まさに国際社会において渦中の国である。一朝一夕でわかるものではないが、少しでも、その歴史を調べ、文化を感じ、そこに住む人々の生の声を聞き、生活を見て、この国の国際社会での立場が如何にして作られてしまったかを自分なりに考えてみたかった。そして、自分なりにスーダンという国の改善点を明確にし、国際社会は介入すべきか、もし介入すべきならどういったアプローチが適切かを考察してみたかった。その中で、医療がどのように行われ、個人としてどのようなアプローチができるかも考えてみたかった。
以上の点を踏まえ、今回の見学の内容を特に興味があった二つの項目について概して感想を述べたいと思う。(帰国後、この感想を踏まえた報告書を提出することを計画している)
ロシナンテスを通してみたNGO
良くも悪くも、川原さんのリーダーシップに依存していることが印象に残った。この川原さんの能力を最大限に生かせるように周りの方々がサポートしているという感じがした。この体制は川原さんの意向を迅速に組織の活動に反映でき、スーダンという比較的不安定な状況に柔軟に対応できることが、ロシナンテスがスーダンで継続的に活動できている要因のひとつでないかと考えられる。対して、この体制は指導者の道徳心に基づく適切な判断が求められるが、この活動が多くの人に支持されていることが、それが行われているこの上ない証拠であろう。
また、ロシナンテスにも一般的なNGOにも、現実的に直面する問題として、その不安定な活動資金が目立って感じられた。資金源の多くを寄付などに依存しているため、団体の宣伝力が大きな鍵となるが、現実的にそれは川原さんの国内での活動が基になっている。安定性を高めるために一般の人への周知活動を強化し、一つの資金源に依存しない等の努力をおこなっているようだが、川原さんの状態如何で予算が大きく変動する状況は変わらないであろう。
この一般的なNGOが抱えるこの慢性的な問題を解決する手段の一つとして、やはり日本政府の介入があげられるであろう。そのためには、NGOの活動の評価、高度な活動の為の援助活動におけるNGOの位置づけなどの高度な問題が多く存在するが、より良い援助のために是非とも取り組むべきだと思った。
スーダンにおける医療システム
スーダンという国の医療は多くの問題を抱えていることを感じた。おそらくこの国の医療には大きく分けて二つの問題が存在するであろう。それは個々の病院のマンパワー、資金力の絶対的不足と地域格差である。
一つめは、スーダンの医師の海外流出、一部病院の設備不足、仮に設備が整った病院であってもそれを使いこなし、維持していく事ができないという状況から感じられた。医学生の人数からみて医師の量でなく分配のシステムに問題があるのは明らかである。また、現代の医療現場においては医師だけでなく、様々な専門職の参加が必要不可欠であるが、そのような人材の不足も感じられた。
二つめは、イブンシーナ病院、カダーレフ州のエマージェンシー病院、ハサバラ村の診療所というレベルの違う病院の見学を通して強く感じた。この格差は設備だけでなく、医療への支払いにも見られる。つまり、地方で得られる程度の低い医療サービスが都市部の程度の高い医療サービスより高くつくという事態が起こりえるのである。平等という曖昧な基準を国民がどこに設定するかにもよるが、生活が最低レベルの人にも医療の利用を可能にし、ある程度の処置を保証する再分配のシステムとしてスーダンの医療システムは機能していないように感じられた。そもそも国民の医療の平等化への問題意識の醸成が不明だし、仮に表面化しても現在の行政機関ではそれを反映するには程遠い状態である。
これらの問題解決には様々なアプローチが考えられるが、鍵となるのは中央から地方への権限委譲であると考えられる。州政府の保健省の権限は無く、中央に少ない資金が集まるのは自明であり、これが病院設備、教育設備の格差を生み、それが医師の都会志向に拍車をかけていると考えられる。また、医療の利用に関して最低レベルの国民の生活状況を考えれば、医療保険に関する政府の介入は必要不可欠であり、スーダンという広大な国土、多様な文化、治安状況を考えれば、州ごとの医療政策の策定を行うべきである。
謝辞
NGOの活動を短い期間にできる限り見せていただいたという感じがした。また、スーダンの医療の中枢に大きく踏み込んで見学させていただいてとても勉強になった。こんな短い期間でNGO、スーダンの全てを知ったとは到底思えないが、日本や世界の医療と援助のあり方を考えるうえで大きな示唆となったことは間違いない。このような本当に貴重な機会を与えてくれた、ロシナンテスのスタッフの皆さんや、スーダンの人々には心から感謝したい。
日本から学生4名がスーダンを訪れました。
3月4日にスーダンの大統領にICCから逮捕状が発布され、スーダン政府が13の国際NGOを国外追放にするといった
緊迫した状況でのスーダン渡航でした。
多くの方々に、何も今、学生を危険な目に合わせなくてもよいのではないか!
とご意見をいただきましたが、私の経験上そして実際に私自身がスーダンに戻って
情報を集めた結果、「大丈夫」との判断をしまして、今回の受け入れとなりました。
ビザの手続きや地方への旅行許可証なども、どうなるか心配しましたが、なんとかすべての手続きもうまくいき、
学生さんを地方まで連れて行くこともできました。
彼らは、日本に無事着いたとのメールがありました。
ほっと、胸をなでおろしているところです。
彼らの感想文を掲載しますね。
(詳細はこちらをご覧ください。現時点ではロシナンテスブログに掲載しておりますが
ホームページの活動紹介ページの準備が出来次第、そちらに移行します。)
彼らが、今後の人生を生きていく上でスーダンでの経験が生かされるように望みます。
スーダンでの目の輝きを忘れないようにしてくださいね。
今後も、受け入れ側としては大変な面もありますが、学生さんの研修は続けていこうと思います。
日本の将来は、彼らが作るのですから。
川原尚行


