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スーダン情報
国連の知人から是非ともお願いがあるとの連絡がありました。
韓国の大使館のNO2の方が、近々定年退職され、NGOを設立しスーダンで活動したいので
話をしてくれというものです。
私は、明日から診療所に向かいますので、電話がかかってきたその日しか時間がありませんでした。
相手方も、離任間際(あと6日で離任だそうです)で、たいそう忙しいようでしたが、
予定をキャンセルして食事に誘ってくださいました。
私は、英語で書かれてあるロシナンテスの資料を急ぎ集め、
ロシナンテスを紹介てくれたDVD(情熱大陸ではなく、RKBのトライロシナンテス)を袋に入れ
参考にしてもらうように用意しました。
さて、御本人と韓国人の国連職員の方との会合になりました。
お話をお聞きすると、まだまだ構想段階のようですが、NGO設立に大変な意欲をお持ちのようです。
貧しい子供をターゲットにしたいようで、外交団として培った人脈を頼りにNGOを運営していきたいようです。
本当にたくさんの質問を受けました。
スーダンでNGOの活動をするのに、最重要関門となるのが御存じHACです。
「私は、貴方様と同様に外務省に勤務していて、それを辞してNGO活動に入りましたから
当初はHACから何か裏があるのかと相当に疑われました」
「私は、今の韓国大使館のポジションでスーダン政府のそれなりの地位の人々とつながりがあり
彼らをメンバーとして活動してもらおうと思うので、何ら問題ないと思います」
「とにかく、すべてのことを報告しなくてはなりません。NGOを訪問するすべての人の身分を明らかにする必要もあります。
それが学生であってもです」
「我々は北朝鮮でのNGO活動に関しての知識もあるので、そのようなことには慣れています」
「活動に必要な調査(例えば、人口調査とか識字率に関するもの)であっても、HACからの監視がつきます」
「それも北朝鮮と同じですね」
「テレビ取材をこの前受けましたが、テレビ取材にもHACからの監視がつきました。2名です。彼らに対して日当を払う必要があります。
一日100ドルでした。一人当たりです。」
「同行するのは北朝鮮でもありますが、お金を取るとは北朝鮮以上ですね」
そうらしいです。
そのほか、活動の具体的なこと、活動資金の調達方法、広報戦略などを話しました。
韓国大使館の方は、とても興味深そうに話を聞いてきました。
「私はいったん韓国に帰って、設立準備に入ります。今後ともぜひとも協力してください」
「どうぞ、いつでもお気軽に訪ねてきてください。電話もいつでもかけてきてください。
スーダンそしてアフリカで日本と韓国が協力して国際協力をするというのは素晴らしいことだと思います。
それが実現となるようにお互いに頑張っていきましょう!」
韓国でのNGO設立は2か所の事務所が必要なようです。
ちなみに、日本では1か所でも認められます。
その事務所が所在する都道府県に届け出ます。
事務所が2か所以上ある場合は内閣府に登録ということになります。
その方は、ソウルとプサンに事務所を設けるようです。
私は北九州出身ですし、プサンときけば関釜フェリーをすぐに思い出すほど、身近に感じます。
実際に韓国に行ったことはありませんが。
いつの日にか、アフリカ支援で日韓での協調体制を組めればと思っています。
いつも、構想だけは広がっていきます。
いかに、具現化させるかが、問題ですね。
川原尚行


