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スーダン情報
スーダン人ロッシースタッフのモハメドと話しました。
「本当にあっという間の一年だったね」
「昨日のことのように、初日の出のことを思い出すよ」
「その後、交通事故があり多くの村人がなくなったね」
「そこで、一緒に墓掘りしたよね」
「岩間さんが病気になって日本に帰ったよね」
「ドクターも病気によくなったよね、今年は」
「腸チフスからリーシュマニアだもんね」
「えっちゃんからのんちゃんまでよく頑張ったよね」
「いろんな学生さんも来たね」
「霜田が結婚したね」
「モハメドも結婚したんじゃん!」
「今、霜田と子作りの競争をしているもんね」
「村とロッシースタッフの問題も大変だったね」
「それの本当の解決はまだ先だね」
「そうだね」
「09年の夢は?」
「ロッシー会員を増やしたいね、モハメドの夢は2世の誕生でしょ!」
そんな会話でした。
川原尚行
写真は、なんとなくかわいいので載せました。
テレビの取材が終わって、ホッとしていると襲われた腰痛ですが、あまりよくなりません。
というのも、たまっていたデスクワークをしなくてはならず、ずっとコンピューターと向かい合っていました。
それでも、まだ全てを終わることができずに、好きな読書もできずに机に向かっております。
本日より、ガダーレフに向かいます。
腰は痛いですが、長時間のドライブにはかろうじて耐えられるでしょう。
幸いなのは、気候がたいへんよいことですかね。
夜は寒いくらいになります。
風邪をひかないようにしないといけませんね。
みなさまは、ゆっくりとした年末をお過ごしください。
川原尚行
ロシナンテスを行き交う人々はたくさんいます。
私が日本に帰国して、スーダンに戻ってくると一人の居候がいました。
京都大学の博士課程で人類学的にスーフィー教団の研究をするためです。
彼は、立教大学でトランペッターとして六大学の応援にも精力を注いだ経験もあり、
なかなか芯のある男です。
今回の番組制作に関しても、見事な通訳を果たしてくれました。
ちなみに、現在の私のアラビア語の先生でもあります。
文化人類学は、世界が混沌としてきている今こそ、今後の人類の向かうべき標のひとつを
指示してくれるような気がします。
経済や工学などの実学ではありませんが、このような学問を大事にしてこそ、
人としての幅の広さが作られてくると思います。
丸山くんには大いに研究に精を出してもらい、日本のためにも標のひとつでも提示してもらいたいです。
川原尚行
今日は、24日の水曜日でクリスマスイブです。
明日25日は、クリスマスで休暇となります。
26日、27日が金土なので、通常の休みです。
そして28日がイスラムの記念日らしく、また休みです。
2005年までは、スーダンの北部では、クリスマスは休日ではありませんでした。
私が大使館に勤務していたこと、南部出身の現地スタッフが
「頼むからクリスマスを休みにして欲しい」
と要求していました。
05年に和平合意がなされ、その年からクリスマスが祝日となりました。
それでも、日本のような派手さはなく、25日に教会に行くといった程度でしょうか、
粛々としたものです。
静岡の方からのクリスマスプレゼントで富士山のとてもきれいな写真が送られてきました。
私は九州ですが、やはり富士山をみると、じーんと来るものがあります。
あの山のふもとで育ったなら、絶対に悪いことはできないと思うでしょうね。
なぜなら、富士山にいつも見られているような感じがするからだと思います。
九州の田舎育ちの私としては、スーダンで山が見えないのが残念ですが、
今宵は、きれいな空でも眺めようかな。
川原尚行
日本では、クリスマス一色なのでしょうか?
ここ、スーダンにいても全くクリスマスの感じがしません。
もう、ここ10年ほどクリスマスというものを実感したことはありませんが。
久しぶりに家に電話しました。
小学校1年の末娘が出てきました。
「サンタクロースだよ」
「ちがうよ!パパだよ」
「知らなかったの?パパがサンタさんなんだよ」
「ちだうよ!だって、パパはそりとかもってないじゃん」
「それは、みられないようにしているんだよ。
トナカイだっているよ(本当はロバばっかり)」
「だって、パパはアフリカにいるじゃん」
「そうだよ、だけど日本中にたくさんのプレゼントを配らないといけないから
この時期たいへんなんだよ」
「やっぱり、パパはサンタじゃないよ」
「大きくなったら、パパがサンタさんだってわかるよ」
川原尚行
腰が痛くて、外出ができないので、おとなしくデスクワークをしています。
今迄にたまっていた名刺を整理しています。
昨日と今日で気合を入れて、データベースにしました。
ただし、今回は名前と所属とメールアドレスのみを入れました。
1105枚の名刺がありました。
人任せにするより、自分でデータを入れたほうが、
それぞれの場面が思い出されて、眠っていた記憶がよみがえってきました。
その他、面白い点を発見もしました。
一人の人が兼業で何枚もの名刺を持っており、それぞれの場所で私に渡しているものですから
やっと、結びついたりもしました。
また、企業や役所によってもアドレスの用い方が違っており、
コンピューターに打ち込みながらも、楽しんでおりました。
企業のトップに立つ人は、だいたいメールアドレスなどは名刺に書いていないですね。
でも、ときどきトップの人でメールアドレスを書いている方などを見かければ、
この方は、メールがお好きなのかな?とかも思ったりしました。
この作業が終われば、今度はアラビア語の勉強です。
先生は、我が家の居候の丸山君です。
川原尚行
今朝から強い腰痛に悩まされています。
もともと、腰痛持ちだったのですが、最近1年くらいは痛みは出ませんでした。
ロシナンテスのスタッフの結婚式に行った際に
新郎を肩車してジャンプしまくっていたのが、原因でしょうか?
そして、サッカーのキーパーをまじで横っ跳びなんかして頑張ったからでしょうか?
長距離運転が響いたのでしょうか?
これら、すべてが原因なのでしょう。
ベッド上安静が一番なのは理解できますが、パソコン仕事もしなくてはならず
しばらくは痛みとの格闘です。
川原尚行
昨日、ガダーレフから車を走らせハルツームに戻ってきました。
休む間もなく、ミーティングです。
そして、本日少年サッカー教室開講のための記者発表です。
ロシナンテスの誇るスポーツ隊長である三田君がスーダンの少年の育成のために
構想を練って、今日の発表にこじつけました。
なお、岩国ライオンズクラブからボールとTシャツの寄贈がありました。
工藤前会長、玉田会長以下岩国のLCメンバーの皆様本当にありがとうございました。
私のスピーチは、アラビア語で行いました。
現在、居候中というよりロシナンテスの構成員となっている丸山くんに
アラビア語に訳してもらい、それを読み上げました。
司会者から「ニューアラビック」と言われましたが、まあ大声を張り上げただけあって
好評を得ました。
記者発表には、子供たちにも参加してもらいました。
彼らは正式には教室員ではないのですが、その候補として参加し、代表者にスピーチもしてもらいました。
その子供たちには、日本で購入してきた日本サッカー協会のオフィシャルTシャツを着せました。
さて、なぜロシナンテスがスポーツもやるのでしょうか?
スーダンでスポーツを支援しているNGOはありません。
世界的に見ても数は少ないと思います。
スーダンは、内戦を長年やってきており、今なおダルフールでは民族紛争が起こっています。
そのようななか、直接被害にあい苦しんでいる人々を助ける方法もひとつですが、
国民に夢を与えるということも必要かなと思います。
その意味で、子供たちに夢を見てもらおうと思ってスポーツ事業を始めました。
遠回りかもしれませんが、いつの日かスーダンで紛争の終結する一助になってくれないかという願いもあります。
今後も温かく見守ってください。
さて、なれないアラビア語を話し、くたばりかけていましたが、
夜は日本大使公邸で天皇誕生日レセプションがあり、それに出席しなければいけません。
今日は、私がドライバーで酒を飲みませんでした。
霜田君や、のんちゃんはしたたかに酔っているようでした。
明日は、またガダーレフに朝早く移動です。
夜にはロシナンテス・スタッフの結婚式に出席します。
そして、その次の日は、大使がハサバッラ村に来られます。
まったくもって、忙しい日々です。
川原尚行
今日は、久し振りに習字をしました。
習字道具は、息子が小学校時代に使っていたものです。
ロシナンテスの会員向けの会報を作成し、その会報の名称を
「遠回り」と題しました。
それを習字で書き、スキャンで日本へ送付しました。
私のへたくそな文字が、会報のフロントページを飾ることになります。
実は、霜田君は書道五段です。
霜田君にお手本を書いてもらい、書きだしたのですが、
なかなか上手に書けません。
なんとか、元気よく書くことだけを心掛け(なんか、小学生みたいですね)
出来上がりました。
会員の人は、後ほどご覧いただけると思います。
この会報は、手前味噌ですが、なかなか良くできていると思います。
「遠回り」と題したのは、
簡単に、目的地にたどり着くよりも、困難をして遠回りしながら(道草でもよいですが)
目的につけば、時間はかかっていますが、それだけ経験することも多く、
その後の歩みに、簡単で行った時よりも違ったものが生じてくるような気がします。
また今、人生を嘆いている人、人生がつまらないと感じている人でも、
これを遠回りと考え、今からの人生を真っ当な方向に向かって行けば、
今までつまらなかった過去の人生が、生かされてくることもあるやもしれません。
会員の方は、楽しみにしておいてください。
また、今会員でない方は、どうぞ、これを機に会員になってください。
よろしくお願いします。
最後は、随分と表題と違ってきました。
もう少し、師匠の霜田君にならって、習字の練習をしなくてはいけません。
川原尚行
18日に日本大使が村に来られます。
草の根無償資金援助で、大使館が村から要請のあった女子学校増築計画の支援を決定してくださり、
その署名式にわざわざ村まで来て下さるのです。
その式典のために、既存の小さな学校校舎の壁に大きく日の丸とスーダンの国旗をかくことにしました。
私が校舎によじ登り、遠くから別の人に全体像を見てもらい、ひもを用いて2国の国旗のアウトラインを作りました。
外観ではなかなかの出来です。
明日は、子供たちを使って色塗りです。
相当に広い範囲をぬらなくてはならず、上手にできるのかどうかです。
それに加えて、小旗作りもします。
鉛筆を軸にして、小旗を作ります。
鉛筆は子供たちへのプレゼントです。
何枚の日の丸を作りましょうかね。
川原尚行
電話の調子がよくありません。
帰国前に一晩雨に浸かり、壊れてしまったため、買いなおしたのですが
中古のためか、自動的に電源が切れてしまいます。
また、インターネット環境にほど遠く、情報から遮断された状態でした。
出来るならば、情報からしばらく隔絶した社会に身を置きたいですね。
偶然ですが、そのような状況でした。
でも、その間にもひっきりなしにメールなどが舞い込んできており、
今までの倍の仕事をこなさないといけないようですね。
電気のない村に長くいると、電気のある事務所に戻ってくるとほっとします。
また、事務所から村に戻ると、ある意味またホッとするのですから、
いいかげんなものですね。
18日に日本の大使が村にやってきます。
その準備に取り掛からなければいけません。
学校の増築計画を大使館がサポートしてくれることになり、
その署名式を村で行うのです。
その前の16日にはスーダン少年サッカースクールの立ち上げの記者発表も行います。
そのあと、大使公邸で天皇誕生日レセプションに出席です。
そうそう、レセプションには村からハサンも招待されています。
どんなことになるのやら
めまぐるしいまでのスケジュールですが、すべてが重要なので
頑張らればなりません。
原稿の締め切りが4つもあります。
師走は忙しいですね。
川原尚行
私が日本滞在中にロシナンテスの活動拠点で問題が発生しました。
先行して、看護師の向井の個人ブログで掲載されていましたが、
私のブログで、何も述べないのはよくないと思い、概要を説明します。
日本にいれば、情報がどうも一方的に偏ってしまい、またメールでは細かい機微に触れることができませんので
実際に、私が現場を見るまでは、なんとも言えなあと思っていました。
スーダンサイドから、日本滞在の予定をキャンセルしてスーダンに戻って問題解決に
当たってくれとの要請も一部ありましたが、日本での講演も多数決まっており、
予定通りに日本で講演を行い、スーダンに戻ってきました。
問題自体は、ロシナンテスのスーダン人スタッフと村人との関係にあります。
村人がロシナンテスのスーダン人スタッフの一部を信用できないと、村からの追放を
要求したようです。
ただし、信用できない行為を行ったとの確証はありません。
私は、ロシナンテスのスーダン人スタッフを信じています。
今回、村に入り、村人にそのことを繰り返し述べました。
表面上は理解したと言ってくれていますが、心情的にどうかは
まだまだでしょう。
また、ロシナンテスのスーダン人スタッフの気持ちも大切にしなくてはいけません。
今回、もうこの村をあきらめて、違う場所へ移動しようとの意見もありましたが、
ここを乗り越えなくては、ロシナンテスの本当の実力が養われません。
もう一回、村人とわかりあえるようにしなくてはいけません。
日本人である我々がここにはいって、スーダンの人たちの中での争いや誤解を生じたのではどうしようもありません。
これは、小さな小さな問題ですが、アフリカの歴史、現実を思うと、深くつながっているようにも思えます。
アフリカの昔ながらの価値観と、それとは違う価値観がぶつかり合っているのです。
どちらかが、どちらかを駆逐するのではなく、お互いに尊重しながら、
新しい価値観を生じていけないか、考えなければなりません。
川原尚行
今、あるテレビ番組の取材が入っています。
スーダンでは、報道管制が大変厳しく、私たちNGOへの取材も同様です。
スーダン政府の言い分はこうです。
「今までの国際的な報道機関は、スーダン政府に不利になるような報道ばかりをしてきているので、スーダン国内では自由に取材させることは許されない」
そこで、今回の取材にも、スーダン政府から2名の監視が入っています。
彼らにホテルを予約しろだとか、彼らに日当を払えだとか
いろんな要求がなされています。
私は、私のやっていることをみせるだけです。
あとは、スーダン政府の監視の人々にも分かってもらうだけです。
この取材がうまくいったがどうかは、来年1月に放送予定の番組をご覧になれば
分かると思います。
現段階では、何ともいいようがありません。
川原尚行
関西空港からカタール航空でドーハに向かいました。
飛行機は、比較的空いており、エコノミークラスとは言え、ゆったりと座れました。
ドバイで乗り換えた後、スーダンに舞い戻りました。
この飛行機での休養がよかったようです。
新たな気持ちでアフリカの大地を踏みしめることができました。
仲間が待っていてくれました。
岩間さん、霜田くん、三田くん、それに学生さんたち、スーダン人のロッシースタッフの笑顔を見て
安堵しました。
また、頑張ってまいります。
川原尚行


