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国際NGO / NPO法人 ロシナンテス

携帯電話

私は、物を忘れることにおいて、自慢できることではありませんが、長島監督に次ぐらいに思っています。
かつて、長島監督は、車を忘れたり、球場へ連れて行った息子の一茂を連れて帰るのを忘れたことがあるようです。
ちなみに、私は車をどこへ置いたか忘れて、半日探し回ったことがあります。

日本へ帰国する前に、携帯電話を紛失しました。
どこを探しても、出てきません。

そのうち、ハルツームにいる霜田君から電話がかかってきて、私の携帯電話がガダーレフのスークに預けられているといいます。
なんでも、私の携帯電話の履歴の電話番号にかけて、私の知人のスーダン人と連絡がついたようで、彼からの連絡だそうです。

私は、その日はスークには言っていませんし、全く狐につままれた感じでしたが、
どこかで落として、それを善良なスーダン人がスークのある店に届けてくれたのでしょう。

携帯電話が思いもよらぬところからでてきて、本当によかったです。

そう、思ったのも束の間、その日の夜に診療所である村で
仕事の後に、ゴザの上でねっころがっていたら、突然砂嵐が吹き荒れました。

急ぎ、小屋の中へ緊急退避しました。

その後、砂嵐が雨を伴った激しい嵐となりました。

次の朝、スーダン人スタッフが
「ドクターカワハラはクレイジーか?」
と言ってきます。

「せっかく見つけた携帯電話が泥の中に埋もれているよ!」

なんと、私は携帯電話を落としてそのまま雨に打たれて泥に埋もれていたのです。

これには、結構自分自身がっくりときました。

「なんて、俺はバカなんだ」

霜田君は、そんな私に帰国のチケットを当日まで渡してくれませんでした。
「川原さんに渡すと、無くしてしまいますから」
霜田君にまで気遣われています。

さて、日本に帰ってきて、またしても携帯電話が問題となります。

川原尚行

更新日時: 2008年10月30日
旧友

末娘を学童保育に迎えに行きました。

そこで、末娘の友達のお母さんと会いました。

なんと、中学校時代の同級生でした。
30年近くぶりです。

旧姓を聞いて、昔のまんま、全く変わっていない顔つきでした。

それから、その当時の同級生の名前が次々に出てきて
懐かしさを感じました。

もうひとつ、彼女が同級生の名前を言うときに、
薬屋の・・・、お茶屋の・・・、肉屋の・・・など屋号とも言うべき名前の前に
商売の名前が付くのです。

昔は、近くの市場が栄えていました。荒生田の市場です。
新日鐵の公売会(この字で合っているのでしょうか?)があったところです。

今は、日本中どこもそうと思いますが、大手スーパーがでてきて、個人商店が成り立たなくなってきている感じがします。
昔の市場もすっかり様変わりしています。

中学時代の友達が、親の跡を継ぎ、頑張っているようです。

それぞれの店を訪ねてみたくなってきました。

川原尚行


更新日時: 2008年10月23日
家族との再会

昨夜は、21時に福岡空港に到着しました。

家族そろって迎えに来ていました。
普段なら、長男はラグビーの練習で、22時くらいの帰宅なのですが、
この日に限って、学校行事の関係で、練習が早くに終わったようです。

家族全員元気そうでなによりです。

帰宅途中、新しくなった古賀サービスエリアで夕食を取りました。

そして自宅にたどり着いたのは、23時でした。

岩間さんが北海道から着ており、海原君父子と門司の温泉を楽しんだようで
夜中に我が家で合流しました。

岩間さんは一週間九州で過ごし、その後私が北海道に行くことになっています。

家族は、みな秋の学校行事が忙しいようです。

私もこれから1ヵ月半忙しいですが、日本の秋を満喫しながら仕事をこなしていきます。

川原尚行

更新日時: 2008年10月21日
スーダン出国

出国の日の朝、ハルツーム大学に向かいます。

私の罹患したリーシュマニアに関して、いろいろと話を行い、
今から行おうとする日本の大学との学術協力の話も進めてきました。

そして、大使館に行き、
大使、参事官、医務官、領事に挨拶を行いました。

同行した田辺先生は始めての大使館だったようで、幾分緊張されたようです。
でも、挨拶は必要ですね。

スポーツ事業部長の三田君にも挨拶をさせました。
今後、どのように発展していくのか、手探り状態の中ですが、
夢は大きく、それを実現させるために頑張ります。

そして、JICAにも挨拶に行きました。

久しぶりの所長との対面でした。
夜の宴席でないのが残念でしたが、それは次回ということにしましょう。

最後に、事務所で私の留守中の仕事に関してスタッフと協議しました。

霜田君は3時に事務所を出ましょうと言っていましたが、3時はとっくに過ぎています。
あいかわらず、出発準備は何もしていませんで、空のバッグにカルカデ(ハイビスカスティ)
を詰め込めるだけいれ、服を2.3枚と、必要書類をかばんに詰め込みました。

霜田君は、私のチケットを前日まで私に渡してくれませんでした。
これは、賢明な判断です。

私は数日前にチケットを持っていると、必ずや紛失していたことでしょう。

財布とパスポートを確認し、空港へ向かいました。

霜田君、私の留守中よろしく頼みましたよとの思いを胸に、スーダンを後にしました。

さて、国際線フライトですが、最近ではろくなことがおきません。
ゴールデンウィークのラッシュ時に新幹線が遅れ、新大阪駅を50キロ以上の荷物を抱えてダッシュしたものの
特急「はるか」には乗り遅れ、その後乗った特急から乗り継ぎに失敗し、関西空港をもダッシュしたこともありました。
でも、これは、まだ最終的に飛行機に乗れたからよかったのですが、

その次は、飛行機の出発の日にちを一日間違えてしまい、
私が乗る予定の飛行機は前日に出発していたこともありました。

ついこの前は、砂嵐に空港が襲われ、飛行機の到着が送れ、乗り継ぎ便に乗り遅れ
カイロ空港のベンチに一晩泊まったこともありました。
そのとき、セキュリティともひと悶着がありました。

こんな具合で、私の国際線はいつも何かが起きていましたが、
今回は、全く何もなく、関西空港に到着しました。

ちょっと、拍子抜けです。

これからの日本滞在も事件、事故に巻き込まれないことを祈ります。

最後に、霜田君頑張ってね!

川原尚行


更新日時: 2008年10月20日
ちっちゃなゲスト

昨日は、2歳のちっちゃなゲストが我が家にいらして、とても新鮮でした。
私の顔を見るなり、泣き出してしましましたが、とってもかわいかったです。

思えば、我が家の子供たちもそんな時期がありました。
3人の子供たちが2歳だったころを思い出しました。

そういえば、末娘が遊んでいたぬいぐるみがあるのを思い出しました。
それを引っ張り出して、このちっちゃなゲストにプレゼントしました。


我が家の末娘は小学校1年生です。
一輪車が乗れるようになったようで、それで遊びわまっているようです。

「パパ、あと何日ねんねしたら、帰ってくるの?」
末娘の口癖です。
「もうあと2日ねんねしたら、パパは帰ってくるからね!」


中学生の長女は、バレー部で頑張っています。
この長女が、平日に学校行事の関係で休みになるようです。

その日に長女と映画を見に行こうとなりました。
「何を見に行こうかな~」と映画のリストを調べます。
長女は「ホームレス中学生」がいいと言いますが、上映は25日からです。
結局「三本木農業高校馬術部」を見に行こうと決めました。
長女は、スーダンにいるときに乗馬が大変上手でしたから。

そして、ランチはどこにしようかな?

まるで、恋人とのはじめてのデートのようです。

「この前、お父さんに買ってもらった靴を履いて行くね」

もう、父親としては長女のこの言葉に昇天してしまいます。


そして、長男はラグビーの全国大会の予選があります。
春の大会では、強豪東福岡に惨敗しましたが、長男のチームはその頃より鍛え上げられているはずです。

この試合の応援のために、タンザニアから大部族の酋長さんを呼んでいます。
息子にしてやれることは、それくらいのことで、全くの親バカですね。

明日、大使館、JICA、ハルツーム大学医学部とまわり、帰国の途に着きます。

川原尚行

更新日時: 2008年10月18日
水事業2

さて、前回に引き続き水事業です。

何をするのも、スーダンではテクニカルアグリーメントが必要です。
つまり、NGOと管轄する省庁それに地方のHAC、連邦政府のHACのサインが必要です。
中身は、この予算で、どんなプロジェクトを行うかを記したものです。

水事業を管轄するWater Cooperationが、
「明日の朝には、テクニカルアグリーメントにサインしましょう。インシャッラー」
と昨日言いました。

この最後のインシャッラーがくせ者です。

本日の朝行くと、
「サインできない」

「なぜ?」

「この企画所では、我々の基準に達していない!」

えっー!そんなこと初めて聞いた!!!
それで、その基準に合わせて、このプロジェクトを行うとすると
倍近くの資金が必要です。

しかも、どこを見渡しても、この基準に合った水施設はありません。

「では、この足りない分の資金をガダーレフ州が出してくれるのか?」

「No!」

これでは、話になりません。

私はハルツームで人と会う約束をしています。もうガダーレフを出発しなければいけない時間です。
でも、契約ができていません。

ここでサインをしないと、私の帰国のこともあるので、プロジェクト自体が1ヶ月は止まってしまいます。
村の人々は現在困っています。

そこで、この基準に合ったもので、我々の資金でできる最低限のものを考慮して、サインを行うことにしました。

でも、これは業者とのサインでWater Cooperationとのテクニカルアグリーメントではありません。
このテクニカルアグリーメントは後回しでもよいとの言質をとり、一応の形で決着をつけました。

それにしても・・・。納得のいかない話です。

腹立たしさとともに、足の痛みも増してきました。
こりゃ、日本に帰ったら、スーツにサンダルですね。

川原尚行

更新日時: 2008年10月17日
水事業

村の水タンクそしてポンプが完全に故障してしまいました。
以前から老朽化が進んでいて、タンク、ポンプの修理をする予定でしたが、
急いでしないといけません。

そのための資金が集まり、業者も何社かあたり、そのうちの一番信頼性のおける業者を決めました。

さあ、あとは行政に許可を得て、業者と契約を交わし、工事開始!
と思いきや、行政から横やりが。

そのための、交渉を昨日から続けています。
担当の水公社では、埒が明かず、
今日は、管轄する大臣のところまで足を運びました。

村の代表団も一緒です。

なんとか、交渉がうまくまとまり、明日契約書にサインができそうです。
ギリギリのタイミングでした。

かっこよく、筆でサインがしたいのですが、ガダーレフ事務所にはありません。
以前、ハルツームでサインをしたときには、墨をすってサインをしたことがありますが。

調印がうまくいき、工事が早期に開始され、安定した水の供給が村になされることを望みます。

川原尚行

更新日時: 2008年10月16日
スーダンサッカー代表戦

三田君が帰ってきた日です。

スーダン・サッカー協会に連絡を入れると、その日がスーダン代表のワールドカップ予選があるとのこと、

三田君ともども、スーダン代表の応援に行ってきました。
相手は、コンゴです。

スタジアムの周囲は、中に入れない人であふれています。
スーダン南部の人たちでしょうか、コンゴの掛声を上げている集団もいます。

我々は、ゲートにいる警備員に中に入るのを制止されます。
もちろんです。我々はチケットを持っていないのですから。

スーダン・サッカー協会の人がスタジアムの中から我々を迎えに来てくれます。
チケットなしで代表選が見られるのは、三田君のおかげでしょう。

スタジアム内は、試合前で騒然としています。

国歌斉唱の引き続き、試合が始まります。

開始早々、コンゴの動きがよく、スーダンゴールに迫ります。
スーダンピンチ!
その時に、スーダンのゴールキーパーとディフェンダーが倒れます。
そして、レフリーが選手たちを一斉に引き上げさせます。

2人は倒れたまま立ち上がろうとしません。
まさか、銃が撃ち込まれた???

そのうちに会場でハンカチを目に当てる人が出てきました。
我々も目をあけるのがつらくなってきました。
のどの痛みもあります。

これは、催涙弾にちがいありません!

試合は、一時中断です。
どのような状況で催涙弾が撃ち込まれたのでしょうか?

全くの謎です。

そのうち、サッカー協会の人から教えられました。
「場外の人々の騒乱を沈静化するために催涙弾が撃たれ、それが風によってスタジアム内に流れてきた」

こんなハプニングは日常茶飯事です。

しばらくして、試合再開となりました。

試合は2-0でスーダンが勝利し、最終予選に大きく前進しました。
スタジアムは狂喜乱舞です。催涙弾のことは、忘れてしまったようで、勝利に酔いしれています。

これが、日本で起きたなら大変な状況だったでしょう。

でも、スーダンでは何事もなく過ぎ去っていきました。
面白い国です、スーダンは。

川原尚行

更新日時: 2008年10月15日
岩間さん帰国、三田君復帰

岩間さんが帰国し、三田君がスーダンに戻ってきました。

向井さんが帰国していますし、私も帰国予定です。

出入りの激しい秋です。

さて、すんなりと帰国するには片づけないといけない仕事があります。
水事業では、最後の詰めが必要です。
スーダン独特の事情か、またまた問題が出てきました。
こちら側の手落ちとかいうのではなく、あくまで行政手続きの問題です。

この行政手続きの遅延、混乱により一番迷惑を被っているのは、地域住民です。
水のポンプ、タンクが壊れ、今は本当に困っています。
こちらは、これらを修理する資金も業者も用意しているのに、
最終的な「ゴーサイン」が行政から出ません。

私がスーダンに滞在する残り数日で片づけるように努力します。

ところで、私の足の具合は、良くなったかに見えて、また悪化してきました。
先日、スーダン政府の偉い人に会うことがあり、無理をして靴を履いたのが原因でした。

もう、どんなに偉い人の前でも、今の状態では靴ははきません。
サンダルで向かいます。

川原尚行

更新日時: 2008年10月14日
リーシュマニア結論持ち越し

さて、ハルツーム大学のリーシュマニア専門医から
肉眼所見のみでのリーシュマニアでないと診断された右足背部ですが、

日本の専門医に相談すると、
「そう簡単に診断はできない」
「サンプルを日本に持ち帰ってきてください」
と言われました。

ただ、いまではほとんど痂皮化してきており、問題はないようです。

いましばらく、リーシュマニアに関しては結論は持ち越しになりそうです。

岩間さんが12日に帰国します。

私もその1週間後に一時帰国します。

今は、コンピューターとにらめっこの状態です。

川原尚行

更新日時: 2008年10月08日
イード終了

イードが終了しました。日本での正月明けのかんじでしょうか。
仕事始めです。

事務所にきたスーダン人スタッフとミーティングをします。

それが終わると、大学医学部へ。
私の足の病変を見せます。
「抗生剤が効いてきたね。
足の病変は、リーシュマニアじゃないよ。
リーシュマニアでも種類によって特性が違うので今週にでも同定を行うよ」
と言われました。

ちなみに、リーシュマニアの治療を行う前の肝機能チェックでは、
酒も飲まないためか、すべてが正常値でした。

そして、いろいろと準備をすすめ、ガダーレフへと向かいます。

ガダーレフでは、国際医療センターの田辺先生と山口大学医学生の金田くんが
待っています。

私とモハメドが交互に運転して、ガダーレフに着いたのは、夜遅くでした。

川原尚行



更新日時: 2008年10月07日
イード

ラマダン明けの休暇です。日本では正月みたいなものでしょうか。

実際に、「ハッピーニューイヤー」と言っている人もいます。

我々にとっては、静かなイードです。
徹底して、本を読みました。

藤沢周平に江戸時代の匂いを感じ、それがここスーダンでは郷愁の念にかわっていきます。

司馬遼太郎の対談集、30年前のものですが、現代にも通じます。

西郷隆盛の南洲翁遺訓集には、幕末時代であって、良く世界が見渡せていることがわかり、
あの当時の見方、考え方があってこそ、日本がどこの国の植民地にもならずにすんだんだと感心し、
それを現代のアフリカ、そしてスーダンにも当てはめて考えてみると興味深いものがあります。

そんな読書三昧でして、足のほうは随分とよくなってきました。

霜田君が美味しいご飯を作ってくれます。

新婚夫婦みたいで気味が悪いですね。

では、このまま、足の病変が治りますように。

川原尚行

更新日時: 2008年10月06日
リーシュマニア4

霜田君は車をハルツームに向けてぶっ飛ばしてくれています。

その日は、ラマダンの最終日にあたり(このブログとは若干のタイムラグがあります)
首都のハルツームから地方へ向かっての帰省ラッシュです。

首都へ向かう我々の車線は混んではいませんが、時々無理な追い越しをする車が
こちらの車線にまではみ出てきて、危ない思いをします。

途中、大きな事故を見ました。トラックとバスが完全に燃えていました。

そうならないように、パトカーがバスを先導していきます。
パトカーの後ろに百台くらいのバスが連なり、一団をなしています。

霜田君は、慣れた様子で、車を走らせます。

無事、ハルツームに着きました。

早速、その専門医の先生に連絡を取ります。
「あと一時間待ってくれ」

一時間後、連絡すると
「もう一時間」

結局5時間くらい待ったでしょうか、まあこれくらいのことはスーダンではよくあることです。

足は、今までで一番腫れていたでしょうか
「これは、リーシュマニアかどうかわからないなぁ、とりあえず抗生剤を使ってみよう。
そして万が一、リーシュマニアの治療を行うのに備えて肝機能検査をしてきましょう」

明日から長期の休みである。
すべての動きが止まるのであるから、仕方がありません。

とりあえず、薬局に行き、抗生剤を買い、服用を始めました。

それにしても、霜田君のセーフドライブで無事にハルツームに帰ってこれたことを
喜びましょう。

イード休暇は、足の病変と霜田君とのお付き合いになりそうです。

川原尚行

更新日時: 2008年10月05日
リーシュマニア3

スーダンでは、ラマダンも終わりイード休暇になっています。

その休暇をスタッフ全員でガダーレフで過ごそうと、最近はハルツーム番である霜田君も伴い、
2人でガダーレフへと向かいました。

しかし、私の右足の病変は悪くなる一方です。
「見る見るうちに腫れる」といった具合でしょうか。

ガダーレフに到着して、
これはリーシュマニアがまだ完全に治癒しきっていないので、
薬で治療しなくてはいけないかな、と考え始めました。

幸い、ガダーレフはリーシュマニアが蔓延しているところで、治療薬も揃います。
ただし、副作用が強く、それが心配です。

ことの経過を説明するために、ハルツーム大学のリーシュマニア専門の先生に電話をします。
すると、
「すぐにハルツームに戻って来い!」
と言われました。

治療環境はもちろんハルツームのほうがよいに決まっています。
霜田君には悪いですが、またしても車を運転してもらいハルツームに戻ります。

そして、専門医の先生のところに行きました。

川原尚行

更新日時: 2008年10月03日
リーシュマニア2

さて、診断の結果です。

その日は、忙しく大学医学部まで私自身足を運ぶことができませんでした。
日本から農業関係の視察団がいらしており、そのアテンドをしなくてはいけませんでした。

もともと、霜田くんに行ってもらおうと思っていたのですが、霜田君自身が帯状疱疹を患っていたので、
休養してもらいました。

話がずれますが、この帯状疱疹、疲れやストレスがたまったりすると出てきます。
新婚生活の霜田君が結婚したことによりストレスを感じたのか、
あるいは、お嫁さんと別居することによりストレスを感じたのか、わかりませんが。

話を私の話に戻します。

私が忙しかったので、スーダンに来ている医学生さんに医学部に行ってもらいました。
結果は、
「リーシュマニア」
でした。

しかし、私の左手の潰瘍性病変は診断がつく前後から治癒しはじめていました。
顔面と左足にも同様の病変があったのですが、それらも同様に治癒しました。

リーシュマニアでも、これは皮膚型リーシュマニアであり、自己免疫で治癒することもあります。
私もこのケースかな、と思っていました。

しかし、またおかしなことになりました。
今度は、右足に新たな病変が出現してきました。

川原尚行

更新日時: 2008年10月02日