NPO Rocinantes / 特定非営利活動法人ロシナンテス

スーダンで戦うロシナンテたちのブログ

学校建設申請前夜


村から学校建設委員会の3名を首都のハルツームに連れてきました。
運転手が私で、3名の村人が乗客です。
車内では、6時間延々とアラビア語でずっと彼らは話し続けていました。
私は、そのアラビア語会話を音楽にして、眠くならずに運転できました。

さて、明日は学校建設の申請書を持って大使館へと向かいます。
「大使館からの質問に答えられなかったら、申請は通らないよ!」
と言ってあります。
明日は、大使館の方にもお願いして、たくさん質問を出してもらいましょう。
私は後方でにこやかにしていましょう。

今、村からの3名はアラビア語で書かれた申請書の訳を一生懸命に読み合わせています。
私が差し出した麦茶を美味しそうに飲んでいます。
うまくいくとよいです。

川原尚行

15:16 | コメント (0) | トラックバック (0)

一泊二日千キロちょっと


岩間さんが調子が悪いといいます。

それまでは、カレーを作ると朝昼晩と3杯大盛りを食べていたのが、食欲がなく、さらに口内炎ができており、いっそう食べられないと言います。

熱は37度を超えたり、超えなかったりです。念のため、マラリアチェックをすると陰性です。

翌日も、調子が悪いというので、病院で血液検査を行いました。
マラリアは陰性ですが、腸チフスが陽性と診断されました。

私も春先にやって、大変辛い思いをしました。
それだけに、岩間さんが辛いのもよく理解できます。

予定では、診療所のある村に行って、学校建設のための最終の詰めを行い、村人を連れて首都のハルツームに向かう予定でした。
また、診療所の運営のために、行政との話し合いも予定していました。
しかし、病気の岩間さんを一人にするわけにもいかず、ハルツームに滞在しました。

今日は、朝から、岩間さんが好きなカレーライスを大量に作り(岩間さんごのみのスープカレーです)、ご飯も大量に炊きました。ここ最近、土鍋で炊くご飯は失敗してコゲばかりでしたが、今日はうまくいきました。
岩間さんも、3杯とはいかないまでも、カレーライスを1杯美味しそうに食べてくれました。
この作り置きで、2日分の食事にはなるでしょう。

私は今から診療所へ向かいます。
明日、村人を連れて戻ってきます。
これは、今村での学校建設のために日本大使館に草の根無償資金援助をお願いするためです。ロシナンテスが裏方に回って、村のコミュニティの名前で申請します。
だから、村人たちを大使館に連れて行かなくてはいけません。

英語での申請書ですが、これをモハメドくんのアラビア語に訳してもらい、それを村人に配ります。もう、何度も話し合いをしていますが、文章でも最終的に渡します。
そして、各人が頭の中にプロジェクト内容を詰め込んで、大使館へと向かいます。
私は、大使館に連れていくだけです。
大使館の職員の人に、村人たちにどんどん質問をしてくれるようにお願いしましょうかね。

岩間さんの快復とこのプロジェクトがうまくいくことを望んでいます。

川原尚行

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わっしょい百万夏まつり


来週の土日(8月2日、3日)に、我が町・北九州でお祭りがあります。
「わっしょい百万夏祭り」と言われるものです。
2日間で150万人もの人出が見込まれています。

その一大イベントに、我がロシナンテスもブースを出すことになりました。
二度のスーダン訪問のうえ、貴重な写真を多く撮ってくれた、写真家の内藤順司さんの写真を飾ります。
内藤さんは、もともとはミュージシャンを撮影する音楽専門の写真家だったのですが、活動の幅を広げようと、スーダンやカンボジアにも足を延ばし、世界各地の写真を撮り始めています。
先日は、長崎ピースミュージアムで「もうひとつのスーダン」と題して、写真展を行いました。東京の共同通信の本社ビルでも同様の写真展を、そして全国各地での展覧会も予定しているようです。
どうぞ、ご覧になってください。

また、写真展と同時にケバブ・サンドイッチも販売いたします。
私のスーダン人の兄弟のハリッドさん夫妻が、北九州にやってきてケバブを作ってくれます。一日限定500個の販売(ひとつ500円)となっております。
これは、間違いなく美味しいです。
ビールのつまみとしても最高です。

また、スーダン特産のハイビスカスティーも無料で提供いたします。
これは、とってもきれいな赤い色をした、ビタミンCたっぷりのジュースです。
きっと、カクテルなんかにしたら美味しいんだろうなと思ってもいます。
どうぞ、お飲みになってください。

場所は、北九州市庁舎東側駐車場(ふれあい広場)、13:00から21:00となっています。どうぞ、お越しください。
私もスーダンから駆け付けたいのですが、スーダンでの仕事もたくさんありいけません。
この企画が来年、再来年と続き、私も参加できるように願っています。
みなさま、どうぞよろしくお願いします。

なお、この企画での収益金は、北九州市から寄贈いただいた障害児用の装具を日本からスーダンへ送る資金の一部にする予定です。
川原尚行

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岩間師匠との卓球


休みの金曜日に岩間師匠と卓球をしてもらいました。

さすがの岩間さんです。元卓球部です。
ボールの回転が違います。

向井さんも卓球部でしたが、向井さんとの球の打ち合いより、
はるかに岩間さんのほうが汗をかきます。

何試合かしたのですが、11点マッチで8点を取るのが私の最高でした。
その他、5点、4点です。
最後の試合は、ワンポイントも取れませんでした。
これを
「スコンク」
というらしいです。

岩間さんは前回の国際卓球大会に出場したかったのですが、病欠で
その願いがかないませんでした。
どうしても、本場の中国人と対決したいようです。

いずれ機会があれば、また国際試合が組まれるでしょう。

今度は、ロシナンテス主催で卓球大会をしましょうかね。

また、区内大会を勝ち抜いた長女から連絡があり、市内大会は完敗だったそうです。
でも、全力を尽くしたので悔いはないそうです。
そして、次期キャプテンに長女が選ばれたようです。
他のチームメートより、練習し、声を出し、チームを引っ張っていかなければなりません。
辛いことも多いですが、それだけやりがいのあるポジションです。
娘から
「お父さんも、キャプテンを経験したんでしょ。
いろいろとアドバイスしてね」
と、メールが来ました。
娘から相談されると、スーダンから日本に飛んで行ってアドバイスをしたいくらいです。

川原尚行

14:16 | コメント (0) | トラックバック (0)

それぞれの言い分


向井さんと話していると、いろんな不満があることが分かりました。
食べ物のことです。
向井さんが朝食に納豆を食べようとしていたときのことです。
私が帰国した際に家内が納豆を冷凍してくれて、それをスーダンに持ってきて冷凍保存しています。
向井さんは、30分くらい前から、解凍のために外に出しておいて楽しみにしていたそうです。
そうしているところへ、Sさんが聞いてきます。
「のんちゃん、あと納豆いくつ残ってる?」
「あっ!最後です」
会話はそれで終わりです。
向井さんが、味噌汁を作り始めると
Sさんは、何も言わずに納豆を冷凍庫にしまいました。
向井さんは、むっとしながらも、我慢したそうです。
やがて、向井さんは、ハルツームを離れ遠く診療所へと向かいます。
頭の中には、納豆が食べられなかったのが残っています。
そして、診療所から帰ってくると、案の定、納豆がありません。
食べたのは、Sさんに違いありません。
以上納豆について、向井さんの言い分。

「まだあるんですよ」と向井さん
「三田さんがケニアに行った際にお土産で買ってきてくれた、チョコレートが袋いっぱい会ったのに、Sさんが最後に私にくれたのは、たったの2個ですよ!きっと、チョコレート好きのSさんが食べたに違いありません!」
以上、チョコレートに関しての向かいさんの言い分。

私はハルツームに戻ってきて、Sくんに上記、納豆とチョコレートの件を聞きました。
「納豆は、向井さんがほとんど食べたんですよ!それに、ごはんにかけるでもなく、ただ納豆を食べることもあるんですよ。しかも2つも一緒に食べることもあるんですよ。自分はほとんど食べてなかったので、最後のひとつくらい食べようと思って、そうしました」
これ、Sくんの納豆に関する言い分。
横からIさんが
「俺、納豆ひとつも食べてない!」
まあ、これはおいておきましょう。

「チョコレートに関して、スタッフ皆がいっせいにチョコレートを食べ始めて、自分は苦労して2つでも向井さんに残してやろうと頑張ったのですよ」
これが、チョコレートに関するSくんの言い分。

さらに向かいさんが、言います。
「Iさんは、車での移動中に自分だけチョコレートを食べて、だれにもどうぞ!って言わないんですよ。それなのに、私がお小遣いでかった豆を「俺にも頂戴!」って言って、そのあと、私が豆を全部食べると、「えっ!もう全部食べたの!」って怒っていうんですよ」
向井さんの車でのおやつに関しての言い分。
さらに向井さんは続けます。
「Iさんは、ローカルスタッフがお土産にくれたおかしを全部食べたんですよ!私に一言もどうぞ!って言わなかったんですよ!」
お土産に関しての向井さんの言い分。

同様に、私がIさんに聞きます。
「チョコレートは、暑くてどろどろしていたので、自分だけ食べたんだよ。でも、どろどろしてなくても、自分だけが食べたか」
また、こうも言います。
「運転する人が一番偉いんだから、運転手がわがままを言えるもんね」
これは、車でのおやつに関してのIさんの言い分。
「ローカルスタッフのお土産に関して、あれはのんちゃんがご馳走になったあと、俺にお土産ってくれたんだろ!それだったら、俺が全部食べてもいいじゃん!」
お土産に関するIさんの言い分。

私のコメント
1. Sくんは、そう思っていたなら、そうと口に出して言えばいいことです。コミュニケーション不足です。向井さんに関しては、納豆は貴重な食べ物なので、もっと大事にいただきましょう。少なくともご飯と一緒に食べてください。
2. Iさんは、「どうぞ!」ってみんなにも食べ物を勧めるべきです。これは、スーダンの人にも指摘を受けたことです。ハサンと我々スタッフがいる前で自分だけ、お菓子を食べていたとき、ハサンから、それはよくない!って言われていました。

ロシナンテスは、仮名は使いません。
Sくんは霜田くんです。Iさんは岩間さんのことです。

川原尚行

15:58 | コメント (0) | トラックバック (0)

木を育てる


診療所に昨年、木を植えました。

大使そして州知事が診療所を訪問されたときに、記念植樹も行いました。

日本でなら、水をあげるだけで問題ないでしょうが、
スーダンでは、難敵がいます。

動物です。
家畜の羊、ヤギ、牛そしてラクダもいます。
彼らが、葉っぱをどんどん食べてしまうのです。

そのために、木の周りに囲いを作りました。
木も順調に育ってきましたが、囲いの高さを越えると
動物が食べてしまいます。

この囲いは、150センチくらいです。そして囲みも狭い範囲ですので、
動物は容易に新芽を食べることが出来ます。

これでは、どうしようもないので、さらに大きく囲いを作る計画です。

木を大きくするのにも一苦労です。

川原尚行

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長女の試合結果


長女のバレーボールの結果が分かりました。
この試合に勝ては、市内大会に進出できるという強豪相手です。
第1セットはデュースまでもつれ込みましたが落とし、
第2セットは奮起して、このセットを奪取し、最終セットまでもつれ込みました。
しかし、最終セットを落とし、敗戦となりました。

しかし、思いもよらないことがおきたのです。
この強豪校が、伏兵に星を落としたのです。
これで、この強豪校が最後の試合に勝つと伏兵に勝っている長女のチームが準優勝となり、
市内大会へと駒を進められます。
そして、その試合に強豪校が見事勝利を収め、長女のチームが準優勝となりました。

やはり、スポーツは面白いですね。

どんな小さな大会でもドラマがありますね。

さて、スーダンでの政治のドラマはどうなるのでしょうか?
スーダンの一般人は政府よりの人はもちろんのこと、反政府よりの人も国際刑事裁判所にスーダン大統領が訴追されたことに憤りを感じています。
スポーツのように、思いがけないドラマが生まれると良いのですが、
まあ、お天道様は真実を見つめていらっしゃるでしょう。

川原尚行


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会計担当のつぶやき2


ロッシー日本人スタッフ「女王様」の会計作業にまつわるエピソードを、
以前このブログでご紹介しました。
しかし何と言ってもここはスーダン。
やはりスーダン人も負けていなかった。
上には上が、いや、下には下がいる。

ロシナンテス・ハルツーム事務所では伝票会計を導入しています。
お金の動きが発生する度に、伝票を書きます。
そしてそれをパソコンで作った帳簿に入力します。
今のところ、伝票を書くのは日本人スタッフの役目。
そして最近、それをパソコンに入力するのを、
スーダン人スタッフに任せ始めています。

パソコン入力を担ってくれているのは、イムテサルという若い女性スタッフ。
まだ入って4ヶ月目。厳密には研修生です。
単純ミスが目立ちます。
それもあり得ないようなミスが時々あります。

伝票に何件か支出が記入されていると、1件くらい入れ忘れていたり。
コード「713」が「701」と入力されていたり。
(確かに似てるかもしれない。でも間違うほど似てるかなぁ。う~ん、微妙。)

極めつけは、10,000ポンドが10ポンドと入力されていたこと。
(100を10と間違えたり、10,000を1,000と間違えるのは分かるよ。
でも3桁も間違うか、普通!)
当然、帳簿残高と現金残高は合いません。
日本円で言うと、50万円くらい現金が足りないことになる。
さすがにこの時はあせりました。

合わない原因としてこのミスを見つけたとき、
本来あってはならないミスなんだけど、
「あ~良かった」って思うんですよね。

ロッシー会計担当

04:31 | コメント (0) | トラックバック (0)

長女の試合(区内大会)


久しぶりの完全休養日です。
休養日とはいってもデスクワークがぎっしりと入っていますので、
その仕事に追われてはいますが。

今日は、長女のバレーボールの試合です。
長女は、背も高く2年生ですが、裏のアタッカー(正アタッカーがバックに来たときにアタッカーの位置に入る)で活躍しているようです。

長女は、小さい時から、体が柔く踊るバレーをしていて、
タンザニア時代はドイツ人の先生から
「この子は、バレーを続けさせるべきよ!」
と言われていましたが、スーダンではバレーをする施設もなく、
継続させることができませんでした。

日本に帰り、中学校の部活では、バスケットかバレーボールか吹奏楽に入部するか
悩んだようですが、バスケットがなく(以前は全国大会で優勝したこともある名門だったのですが)、運動部のバレーを選びました。
練習時間が長く、大変なようですが、長女なりに一生懸命に頑張っています。

「今日、2勝すれば良い!」と言ってたのですが、
結果は、1勝1敗
でも、1敗は最終セットのデュースにまで、もつれこんでの敗戦だったようです。

明日、2勝すれば市内大会に行けるようです。
しかし、そのひとつが強敵らしいのです。
今までは、ほとんど勝ったことがないようです。

お父さんは、スーダンの遠い空から応援しているからね。
「頑張れよ!知子!」

川原尚行

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産科病院訪問


昨日は、オムドルマンにある産科病院に行ってきました。

途中、大規模なデモが行われているという地区を避け、
渋滞に巻き込まれながら、到着しました。

院長のムルワン先生は会議のために、
私の到着時に病院にはまだ顔を出していませんでした。

ルブナ先生という女医さんが、院長のアシスタントをしていると聞いていたので、
ルブナ先生を訪ねました。
ルブナ先生は以前イブン・シーナ病院で働いていたこともあって、
私とは旧知の仲です。

先生の最初の一言は、
「やせたわねー!」
でした。
私は日本に帰って、なんと8キロも増量していましたので、
彼女が知っている私の大使館時代の体重は相当なものだったのでしょう。

そのうちに、院長先生が来られました。
院長の説明によると
ここは、スーダンで中心的な役割をしている産科病院で、
設立が1957年で、現在では年間に2万5千例の出産があるそうです。
最近、症例検討会をはじめ、献血システムの充実、麻酔科医の充実、レジデントシステムの確立(いつでもドクターを呼び出せる)などの改良を始めて、周産期死亡率の低下につながっているそうです。

院長、ルブナ先生と院内を回りました。
政府がお金をかけているところと、全く無視している部分が混在しており、素晴らしいと思わせる施設であったり、劣悪な環境な施設が混ざり合っていました。まあ、スーダンではどこもこんな感じでしょうか。

アイルランドの大学と提携関係にあり、アイルランドから年1,2回の割合でトレーナーとして産科医師や助産師さんが来られているとのことです。だいたい2週間の滞在でトレーニングを行っているそうです。

さて、院長は、我がロシナンテスと何とか協力体制を築きたいと言うのですが、どのようにしてロシナンテスのような小さな団体とこの大きな産科病院との協力体制が築けるのかが、問題です。

ロシナンテスは現在ガダーレフ州の小さな診療所で母子保健を行っています。これを充実させるのも、重要な仕事です。これとうまく連動できないか、思考しなければいけません。

それにしても、赤ん坊の顔を見るのは、それだけでこちらも幸せになります。
「頑張って、大きくなってね!」

川原尚行


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困難な政治状況の中で


ICC国際刑事裁判所へのバシール大統領訴追から2日経ちました。
まだ、逮捕状は発行されてはいません。
数週間後にICCは逮捕状を出すかどうか決定するようです。

ハルツームの街は、落ち着いています。
一昨日は国連(幹部職員を除き)、またほとんどの国際NGOは、警戒しての自宅待機だったようです。
我々は通常通りに仕事をこなしており、特段変ったこともありませんでした。

昨日、岩間さんがガダーレフに、今朝向井さんが向かいました。
私は来週行きます。
現在、ハルツームで九州大学とスーダンの研究機関との共同研究に関して、話を進めています。医療とは違った分野ですが、興味深いことです。
政治的なことを越え、学問的にスーダンと日本が歩み寄ればと思っています。

学問的なことに加え、スポーツでも交流を促進していきたいですね。

一昨日、日本から国会の議員団がスーダンを訪問されました。
ICCが大統領訴追というまさにその日にスーダンを訪問したのですから、日本が外交で存在意義を大いに国際社会に見せることができる大きなチャンスです。

その議員団が、サッカーボールを50個持ってきてくださいました。
これまた、タイミングよくスーダン・ユースチームがケニアに勝利した直後でもあり、ユースチームの選手と、スーダン・サッカー・アカデミーの面々を招き、ボールの贈呈式と祝勝会を行いました。

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このチームには、ダルフール、南部出身者も含まれています。
政治的には、問題がありますが、サッカーチームは一つにまとまって、
今後も勝利を重ねって言って欲しいです。
ちなみに、次は9月のナイジェリア戦です。
議員団からも、応援のメッセージが選手たちに贈られました。
贈呈式の後は余興として、日本から来られた先生方にペナルティ・キックをしてもらいました。
大事な会談前の余興でした。

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残念なことにコーチの三田君はいませんでしたが、三田君が残してくれたメッセージを読み上げると、選手たちから歓声が上がりました。
最後に写真撮影でしたが、撮影をお願いしたのは向井さんです。
私は、一番端っこに立っていたのですが、見事に私を外して写真を撮ってくれました。

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今のスーダンの状況は、大変厳しいものですが、その中でもできることを着実に行っていきます。

村の診療所からの連絡で、出産があったようです。
これで2例目です。
診療所の運営も大事です。
早く、現場に向かいたいです。

川原尚行

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想像力-難民


スーダン難民のサンティノ君と出会ったのは、2005年の9月にケニアの難民キャンプを訪問した時でした。

まだ19歳の彼がキャンプに着いたのは2000年。
当時内戦中のスーダンで、村が突然武装集団に襲われ、家族と離れ離れになって逃げ延びて来たそうです。
今キャンプで誰と暮らしているのかと尋ねると、2年前に姉が一人キャンプに到着したとのこと。
でも他の家族は未だに消息が分からないそうです。

そして更に、2年前に姉が着いたことがどうやって分かったのかと彼に尋ねました。
その答えを聞いた時、私は思わず涙が出そうになりました。
彼はキャンプに新しい人々が到着するたび、名簿の中に家族の名前を探していたそうです。
私が思わず込み上げたのは、4年目にしてようやく名簿の中に家族の名前を見つけた時の彼の気持ちを想像したからです。

スーダンのことを語る時、犠牲者や故郷を追われた人々の数は何百万人といったことが語られます。
日本では一人の子供が悲惨な殺され方をすれば大きく報道されるし、他の国でも地震や災害で何百人、何千人と犠牲者が出ればニュースになります。
ですがスーダンでのことは中々報道されてきませんでした。
そしてたまに小さく報道されても、或いは情報に接しても、何百万人という数は規模が大き過ぎて私はピンときませんでした。
想像力の限界を超えていて、聴いただけでは涙ぐむには至らないのです。

難民キャンプを訪問したのは、そんな何百万人の内のたった一人でも良いから、その声を直接聴くためでした。
ニュースや情報を通して「知る」のではなく、相手の声を直接聴くことが如何に大切か、実感することの出来た経験でした。

いわま

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祝!スーダン・サッカー・ユース代表


昨夜は、ロシナンテス・スポーツ事業部長の三田君率いるスーダン・ユース代表(20歳以下)が、ケニアと対戦しました。アウエーで0-1で負けているために、2-0、3-1以上のスコアが必要です。引き分けでは負けてしまします。1-0であれば、PK戦です。
我々ロッシースタッフは、三田君からVIP席のチケットをいただいて、応援してきました。
思ったよりも、観衆が詰めかけており、驚きました。
試合は、スーダンが押し気味に試合を進め、後半に得たペナルティーを決め、1-0で試合を終わり、PK戦にもつれ込み、審判の見方(ホームゆえか)もあり、見事に勝利をもぎ取りました。

興奮した選手は、観客席まで乱入しています。
ベンチも大騒ぎです。
ジャラビーアを着たおじさんが、スーダンの国旗を持って走りまわっています。
三田君は、試合後のインタビューを受けています。
インタビュー後、観客席にいる我々に向かってグランドからガッツポーズを見せてくれます。本当にうれしそうです。

14日には、スーダン政府高官が国際刑事裁判に公訴されるようです。
国家の緊張とは、全く別の世界で国が一つになって頑張っています。
ユースチームのキャプテンはダルフール出身です。
最後にPKを決めた選手は南部出身です。
そして、コーチは日本人です。

国連では、14日の前日、つまり本日までに国連職員の配偶者の国外退避を義務付けました。
三田君は、今日スーダンを去ります。

川原尚行

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ロシナンテス台所事情


今日の夜は三田君率いるスーダン20歳以下代表チームの応援に行ってきます。
相手はケニアです。ケニアでは、0-1で負けていますので、2-0か3-1以上のスコアでの勝利が必要です。スーダンチームと三田君を応援にスタジアムに向かいます。

代表メンバーの名簿を三田君からもらいました。
キャプテンはダルフール出身です。
その他、南部出身の選手もいます。
政治的にどうのこうのとありますが、サッカーではチームは一つ!
是非とも、勝利して駒を次に進めてもらいたいです。

私がスーダンに舞い戻ってからの生活ですが、
まず、向井さんが積極的に料理をすることに驚いています。
カレーに味噌汁にご飯炊きに最初のころと比べて、大違いです。
ロシナンテスで花嫁修業ができそうです。
我が男性ロッシースタッフも、向井さんばかりに家事をさせておらず、
岩間さんは朝ごはんを結構作りますし(たぶん自分自身がお腹が空いているものと思われます)、霜田君はポテトサラダ、得意の野菜炒めなども作ります。私も昨日、満を持してカレーを作りました。我ながら美味かったです。
今、向井さんと霜田君が一緒にスパゲッティーを作っています。
向井さんは、ニンテンドーDSで料理レシピを見ながら、何を作ろうかなと考えていましたが、霜田君がそんなものに頼らなくても大丈夫!と結婚した後のたのもしい姿を見せてくれています。
さて、どんなのが出てくるのか楽しみです。

14日の国際刑事裁判所の動きを見ながらも、平穏であるロシナンテス事務所です。

川原尚行

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大統領告訴へ


ICC(国際刑事裁判所)が、ダルフール紛争に関し、

スーダンのバシール大統領を告訴すると言うニュースが入ってきました。

告訴は月曜日に行われる予定だそうです。

もしこの告訴が行われれば、スーダン政府はどんな反応をするかわかりません。

暴動が起こる可能性もあります。

これに伴い、国連は職員の家族に国外に退去するよう指示したそうです。

また、ダルフールからの職員の撤退も始めたようです。

我々は、とりあえず何かあったときに備えて、1週間分の食料と水を確保しました。

とりあえず今のところ、町は平穏で変わったことはありません。

何事もなければいいのですが。

また何かあれば、続報をお伝えします。


霜田治喜

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河童との相撲


私は懐かしの店、浦和の「力」にいました。

この店との出会いは、詳細に書くと私の馬鹿さ加減が皆様に知れ渡ってしまいますので、控えさせていただきます。

ここは、路上に丸椅子とビールの空きケースでできたテーブルとで、飲めるようにしてあります。洒落て言えば、パリのカフェのようです。福岡でいえば、繁盛している屋台のようです。

社長は、ここしばらく酒を控えていたそうですが、久しぶりに私と再会したとあって、奥様から酒の許可が出たとのことで、嬉しそうに盃を傾けていきます。

中には、顔見知りのお客さんもいて声をかけてくれます。

いつも来ている「ばっちゃん」は、体調を崩して入院中だそうで、心配でしたが、店の人たちは、「そのうち、また飲みに来るよ」とのこと、また「ばっちゃん」とも一緒に飲みたいです。

しばらく飲んでいると、路上を知った顔が、通り過ぎていきます。

彼は、長崎の対馬出身で、若いころから苦労して小さいながらも会社を経営するまでに至りました。私とは、「力」でよく飲んだものです。
よく対馬のおじいちゃんの話をしてくれました。
「俺は、昔から相撲が大好きだった。ある日、山ん中に入っていった時、草むらから若者が出てきて、相撲を取ろうという。こいつが、めちゃくちゃ強く、負けてばかりいた。なんとかして、勝とうと思い、相撲をする前に礼をすることにした。わしが礼をすると、向こうも礼をする。すると相手の頭から水がこぼれよった。それで、相撲にようやく勝てたんよ。そう、相手は、河童だったのよ」

その彼と、路上で相撲を何度かしたことがあります。
私も相撲が得意ですので、彼には一度たりとも負けませんでした。
そのうち、彼が負けながら
「なぜか、涙が出てきます」
と言っていたのを思い出します。

私が泊まるときがない時には、彼の家にもとまらせてもらいました。
かわいい奥様と利発そうな男の子がいる幸せそうな家庭でした。

その彼が、いつものスーツ姿でなく、ジーンズにTシャツ姿です。
理由を聞くと
「会社をつぶしました。今、引っ越しをしているところです」
目を真っ赤にして、そう言います。
「今はとにかく、家族を大事にしろよ!ゆっくりするのも必要かもね、ガッツのあるおまえのことだから、これから先また頑張ればいいじゃない!そして、いつかまた一緒に飲もうよ!」

その日が、早く来ますように!私は天に祈るしかありません。

川原尚行

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スーダンの乾燥


暑くてしんどい気候のスーダンですが、
乾燥していて楽な面もあります。

洗濯物がすぐ乾く。
大量に洗濯した時など、全部干し終わる頃には最初に干したものがもう乾いていることもある。

タオルいらない。
水浴びする時タオルを持っていかない。
何も持っていかない。
Tシャツ・短パンでバスルームに入り、脱いで水浴びて、身体を拭かずにすぐ着て外に出る。
気化熱で体温が下がるので一瞬涼しく感じる。
一番暑い季節は夜寝る前にこれを二度ほどやると、何とか寝れる。

食べ物がしけらない。
封を開けたおせんべい、ほんだし、ふりかけ、柿の種、ビンのふたを閉め忘れた塩、などなど、ほっといても大丈夫。

ジメジメしない。
乾燥してるんだから、当たり前ですよね。

いわま

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スーダン帰任


あわただしい日本での行事を終え、いつもに比べてほんの少しだけ余裕をもって
日本出発の準備を終えました。

今回も福岡空港から関西空港ではなく、小倉駅から新幹線と「はるか」の
乗継で関西空港へと向かいます。

長男と長女はクラブ活動があるために、見送りには来られず、
佳代とあっこ、それに海原家族が見送りに来てくれました。

相変わらずの荷物です。20キロ以上あるスポーツバッグ、
段ボール3個、コロコロのついたバッグ、それに手提げカバンの6つの
荷物を運ぶ予定です。

事前に宅急便で空港まで送ればよいものの、貧乏性がたたって
自分で持っていけばいいやん!
と宅急便では送りませんでした。

みんなに見送られ、新幹線に乗り込みました。
いつもより余裕があった分、すがすがしい別れでした。

新幹線に乗った後は、がらになくメモ帳なんかを取り出し、
日本で仕残したこと、スーダンでやるべきことなどを書き込んでいました。

自分でも、なかなかやるなあと感じ入っていたところでした。

ふと、飛行機のチケットが気になり、確認しました。

出発時刻は、7月6日午前0時25分です。
私は数日前に航空会社まで連絡してリコンファームを行いました。

確かに出発は日曜日です。

あれっ!今は確かに日曜日ですが、時刻は19時すぎです。
もしかして!!!!

乗継便を見ると、7月6日13時です。

そうです、もうとっくに飛行機は飛び立っているのです。
私は、日にちを一日読み違えていたのです。

「ガーン!!!」

携帯電話は、もう私の手元にはなく、覚えているのは佳代の携帯番号と
家の電話番号のみです。

佳代に新幹線から電話をかけます。

すると、新幹線からの携帯電話は、ドコモしかかけられないとのこと!
佳代のはソフトバンクです。

しかたなく、家に電話します。
すると、佳代はまだ家に帰ってなく、息子がでてきました。
息子に事情を話しました。

前回の日本出発の際は、時間がなく新大阪駅で重たい荷物を全身に結びつけて、
ホームを走り、関西空港でも同様にカートをかっとばし、なんとか間に合いましたが、
今回は、完全な不戦敗です。

私は焦っても仕方ないので、新幹線のなかでビールを飲むことにしました。

しばらくして、再び新幹線から家に電話をかけました。
すると、佳代が出てきて、
「海原くんが一生懸命に手配してくれて、今日の飛行機には乗れそうよ。
でも、次のフライトがないかも、とにかく海原くんに感謝して」
とのことでした。

ちなみに、佳代は新幹線に呼び出しの電話をかけたそうですが、
以前のように呼び出しのサービスはないそうです。

昔はよかったなあー

ということで、ひとまず安心して再びビールを飲み始めました。

さあ、新大阪駅です。
今回は乗り換え時間が20分もあります。

荷物は、6個!

尺取り虫作戦の開始です。
荷物を2グループに分け、1グループをもって十数メートル走り、
また戻ってきて、次のグループを持って走ります。

最初は、余裕を持っていたのですが、合計の重量が60キロ近くもあり、
そのうちに、大汗をかいてきました。

そうです、通常に行くのより行って帰って行くのですから、3倍もかかるのです。
貴重品の入ったバッグもあるので、置き去る荷物はなるべく、警察官や駅員あるいは、カップル(なぜカップルかはわかりませんが、その時は安全な感じがしました)の横に置き、荷物の安全に心がけました。

ようやく、「はるか」のホームにつきました。
大汗をかいているので、ポカリスエットを飲もうとホームの自動販売機へと向かいます。
150円でしたので、200円を入れて、ポカリのボタンを押すと、おつりが
「チャリン」と50円返ってきます。
そして、肝心のポカリが、
「出てきません!」

こんなに、大汗をかいたあと、そして時間もありませんが、
このままでは引き下がれません。

駅員さんを呼び出し、なんとかしてくれと
頼みますが、自動販売機は我々の管轄外と言われます。

向こうから「はるか」がやってきています。

私はどうしてもポカリが飲みたく、駅員さんに
「荷物をみとってください」
と駅の売店まで走り、売り子のおばちゃんからポカリを買うことができ、
また重たい荷物を抱え、「はるか」に乗ることができました。

「もう、機械は信用しないぞ!」
と強く決心しました。

関西空港駅につくと、心強いカートがあります。
これに荷物を乗っけて、やっとのことでラクラクになります。

そして、今度搭乗するカタール航空のカウンターへ
「すいません、乗り遅れてしまって昨日のチケットですが、今日使えますか?」
「さきほど、事務局の方から連絡がありました。今日ドーハまでは乗れますが、次のドーハからスーダンまでが満席です。この便は大変込み合っており、次のフライトは20日すぎになります」
「大事な仕事があるので、どうしても13日前にはスーダンにたどり着きたいのですが、何とかなりませんか」
「お客様の航空券は格安航空券なので、優先順位が最下位となってしまします。そのために20日すぎとなります。ドーハでお待ちになるとホテル代もかさみますので、日本での待機をお勧めします」
「ガーン!!!」

今までの疲れがどっとでたようです。
もう気力も残ってなく、とぼとぼと空港内のホテルへと歩き、幸いにも空き室があったので、
そこに入り込み、とりあえず寝ることにしました。

翌日、家に電話をし、状況を伝え、とりあえず家に帰るからと話しました。
私は、飛行機で帰ろうか、新幹線で帰ろうかと迷っていました。

そのまえに、スーダンでお会いしようと予定していた方の秘書さんに、電話をしました。
その秘書さんが
「私が何とかするから」
と言われ、それではとホテル内で待機していました。

私は再び睡魔に襲われ、秘書さんからの電話で起こされました。
もう11時30分でした。

ここの旅行代理店に電話してくださいとのことでした。
そこで、裏ワザを教えられました。

できるかどうかわかりませんが、やってみますとのことで、
空港へ行き、言われたとおりにすると、
なんと、その日に飛び立つことができることが判明しました。

旅行代理店の方によると、これは多少のルール違反もあるので
詳細は述べません。

いったん、福岡に帰ろうとしていたのが、そのままスーダンに行けると決まり、
だらけた気分を引き締めました。

佳代に電話をしたところ、
「本当に人騒がせな人!
飛行機に乗り遅れるは、帰ってくると言っては人を喜ばせ、
そして帰らないまま行くのね!」
そのとおりです。私は本当に人騒がせです。

というわけで、無事に飛行機に乗ることができ、
スーダンに舞い戻ってきました。

岩間さんと向井さんが空港に迎えに来てくれて、
家では、霜田君がポテトサラダを作って待っていました。

そして、ハサン、モハメド、ラビア、ハフィーダ、イプティサムから電話があり、みんなから私の無事を喜ばれました。

スーダンに戻ってきたことを実感しました。

また、スーダンで頑張りますので、皆様も応援よろしくお願いします。

川原尚行

12:39 | コメント (0) | トラックバック (0)

会計担当のつぶやき


帳簿のつけ方を指導するのが一苦労だ。

ロシナンテスは事務所と活動地が離れている。
事務所は首都のハルツームとガダレフ州の州都にそれぞれある。
活動地はガダレフ州都から約100kmのシェリフ・ハサバラ村。
村には普段4泊5日の泊りがけで行き、週末にガダレフに戻ってくる。
なので村に行くスタッフにお金をある程度預けなければならない。

そこで出張精算用の帳簿を作って、それにつけてもらうことにしている。
ところが驚くような書きぶりである。

数字を二重線で消して、新しい数字を横に書き込む、
その新しい数字も二重線で消して、別の数字を上に書き込む、
なんてことは朝飯前。
金額欄にお釣りをいくらもらっただのメモ書きがしてあったり、
見ずらいことこの上ない。

一方、摘要欄の書き方は非常にシンプル。
たった一語、英語で「ペーパー」としか書かれてなかったり。
(トイレットペーパー、それともプリント用紙?)
またまた一語、「トランスポート」。
(どっからどこまで、誰が?)

一番驚いたのは、金額欄に一桁の数字が左詰めで書かれていたこと。
欄に数字を記入するときは右詰めが世界の常識、
などという自分の認識の方が甘かった。

そこで帳簿の書き方説明書を作る。
「金額欄に数字を書くときは、桁を揃えて右端に記入して下さい」。

それから5ヶ月近く。
今日も帳簿に、左端に書かれた一桁の数字を見つける。
まあ長い目で、じっくりとやっていくしかないでしょう。

ちなみに帳簿指南に苦労している相手は、スーダン人スタッフではない。
あるスーダン人スタッフなどはロッシー日本人スタッフの誰よりも上手な字で、
整然とした帳簿をつける。

苦労している相手はロッシー日本人スタッフの一人、
自称「ブログの女王」である。

ただでさえ暑くて頭がボーっとする環境。
面倒な数字を扱う作業からは出来るだけ解放してやりたい。
だが会計担当がずっと村にいるわけにもいかない。
ある程度はやってもらわないと仕方がない。

今頃また帳簿と悪戦苦闘しているのであろうか。
がんばれ、女王様!

ロッシー会計担当

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想像力-逃避行


2005年夏のこと。

道産子の私は全国高校野球選手権大会決勝に進出した駒大苫小牧高校を応援しに、
甲子園にやってきました。
決勝当日のその日は快晴。
試合開始は1時ですが、練習から全て見たかったので10時半には球場入りしました。
気温はすでに30℃を超えており、座って30分経った頃から玉の汗が吹き出てきました。
サウナにいるのと全く同じ状態です。

それでも同年4月、調査のために訪問したスーダンの暑さに較べると、
まだやわらかい暑さに感じました。
スーダンでは毎日40℃を超えていました。
でもカンボジアに駐在していたことのある私にとっては、
それも想像を絶する暑さではありませんでした。
しかしスーダンを発つ日、やっと経験できた想像を絶する暑さ。
これまで経験したことのない暑さ。

その日、昼頃外に出ると明らかに今までとは次元の違う暑さ。
日本では夏に長袖を着ている人はあまりいませんが、
スーダンでは半袖を着る人などいません。
日差しが強過ぎて、肌をさらすと痛いのです。
その日、本当に思ったのは、コートを持ってきたら良かったということでした。
それが50℃の暑さでした。
アフリカで毛布が重宝される理由を実感できました。

20年に渡って内戦が続いていたスーダンでは、
人々は安全な場所を求めて1ヶ月、時には3ヶ月歩いて避難したそうです。
時には、その50℃の暑さの中を・・。
その道のりがどれほどの苦難であるのか、私は未だに想像できません。

いわま

04:46 | コメント (0) | トラックバック (0)

またまた飛行機事故


先日また飛行機が落ちました。
今回は貨物機で乗務員4名亡くなられたそうです。
ハルツームの飛行場は町の真ん中にあり、空港の東側大きな通りの外れに落ちたそうで、
その日はちょうど祝日で巻き添えを食う車はなかったのですが、
平日ならばいつも混んでいるので、大きな事故になったかもしれません。

先週も貨物機が落ちて7名亡くなったそうです。
先月の初めには前にもブログで書いたように、国際線の飛行機が着陸後爆発しています。
その前にも南部行きの飛行機が落ちており、この3ヶ月ほどで4機落ちたことになります。
スーダンの飛行機は危険といわれていますが、さすがに多すぎです。

今回落ちた2機の貨物機はともにロシア製。
政府は当面ロシア製の貨物機の飛行を禁止したそうです。
といっても、スーダンにある民間の貨物機は全てロシア製なので、
国連の飛行機以外全てストップしています。
スーダンはアフリカ最大、世界でも10番目、日本の約7倍の大きな国です。
国内の道路も未整備で、特に南部へのアクセスは困難なので、
貨物機が止まれば、今後いろいろ問題が出てくるでしょう。

スーダン政府は長く続いている経済制裁のため、
飛行機を整備する部品の入手が困難なのが原因だと、
暗にアメリカ政府を非難しています。
アメリカ政府は、飛行機の運航に支障が出る部品は禁止していないと発表しているようです。
とりあえず、東部で活動する私たちの活動には影響はないでしょが、
何とかしてもらいたいものですね。

霜田治喜

17:13 | コメント (0) | トラックバック (0)

ある日のメニュー


ガダレフの州都にあるロシナンテス宿舎での休日。
他のメンバーはハルツームに行っており、今日は一人。
外に買い物に行くのも暑くて面倒だ。
自炊でもするか。

朝食。
日本からの差し入れのインスタント・ラーメンに、
こちらで買ったタマネギ、オクラを一緒に煮込んで食べる。

昼食。
日本からの差し入れのウドンを使って冷やしウドンを作る。
最近タレの作り方を覚えた。
数日前に作ったタレを冷凍庫に入れて凍らせてある。
ガダレフはハサバラ村と違い、電気が結構来てて冷蔵庫が使えるので助かる。
新しいタレを作って冷蔵庫でしばし冷やす。
凍らせたタレの塊をそこに入れて、完全に冷たいタレの出来上がり。
麺をゆすぐための水も数日前から冷蔵庫で冷やしてある。
暑い国で冷たいものを食べる贅沢。

夕食。
こちらで買ったスパゲッティ(後日、ハフィーダに食われた)。
こちらで買ったツナ缶と、日本からの差し入れの永谷園のお茶漬けを混ぜる。
それとノンアルコールビール。

気づいたら朝から晩まで全て麺、一日中炭水化物。
考えたら一日全て麺というのは生まれて初めてかも。
少しはスーダン料理食べろって?
平日はずっとスーダン料理なんだから、たまにはいいでしょう。

いわま

04:39 | コメント (0) | トラックバック (0)

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