NPO Rocinantes / 特定非営利活動法人ロシナンテス

スーダンで戦うロシナンテたちのブログ

うめぼし



私がスーダンに来る前に働いてた職場。
うめぼしの入れ物に寄せ書きをして出発前に頂いた。

うめぼしを食べるたびに読めるメッセージ。

この度 全て食べました。
ほんとうにありがとうございました。

最後の一個を うめぼしの入れ物を洗いながら食べ、
洗ってるうちに全部のメッセージが読めました。

あまりにうめぼしが美味しくてしょっぱいのと
メッセージがなんだかしょっぱくて
しょっぱい涙が出た。

どうもありがとうございました。

スーダンに来て初めて泣いたのは悔し涙でした。

2回目の今日はうれし涙でほんとによかった。

3回目は笑い狂って笑い涙にしよう。

また明日からも頑張ります。

向井

03:03 | コメント (0) | トラックバック (0)

想像力-内戦


私が以前、ある団体の東京事務所に勤務していた時、スーダンに駐在している日本人スタッフがこんなメールを送ってきました。

「事務室で書類仕事をしていると、現地スタッフのサイモンさんが外で何か起こっているようだと教えてくれた。
外を見るとすべての人々がみんな走っている、いや逃げている。
いったい何が起こったのだろう。走っている人に聞いてもわからない。
騒ぎは30分ほどで終わった。
ちょうど町の方からやってきた知り合いのドライバーさんに聞くと、
『別に何もなかったが、商店はすべて閉まり道には誰もいなかった』と言う。
サイモンさんは『おそらく最初の数人が逃げろといって走り出したので周りの人たちも走り出し、町中がわけのわからないまま騒然となったのだろう』と言った。
何事も無いと分かったので、周りが逃げ出すと自分も逃げるという習慣をみんなで笑った。
後で一人になって考えると、内戦中なら誰かが逃げていれば自分も逃げるのが当たり前。
逃げ遅れればそれは死を意味する。
20年もの内戦の間にこんな習慣が身についてしまった人々が気の毒でならず涙が出てしまった。
平和な時代が訪れたとはいっても人々の心の中にはまだまだ戦争の傷跡が残っていることを実感した」。

これを読んだ時、私は自分がカンボジアにいた時の経験を思い出しました。
97年のことです。
ある朝、首都プノンペンの郊外で大きな爆発音が鳴りました。
それは不発弾を処理した音だったのですが、
普段はそういった処理の時は事前にアナウンスがあるのにその日はありませんでした。
その音に人々は皆驚き、町中の店はシャッターを降ろし、多くの人々が荷造りをして田舎に逃げる準備をし始め、町中がパニックのような状態になりました。
その時カンボジアに駐在して5年になる私は、その人々の反応が理解できませんでした。
カンボジアの内戦が終わってからもう10年近く経ちます。
海外からの援助もたくさん入り、復興への道を順調に歩んでいるように見えました。
もう今更内戦に逆戻りすることはあり得ないだろうと私は思っていました。
だからカンボジアの人々の反応があまりに過敏に思えたのです。

でも結局私が間違っていました。
その出来事からほんの4ヵ月後、プノンペンでクーデターが勃発し、町を戦車が走り、私が住んでいた家の近くに砲弾が落ちました。
私が生まれてこの方、最も怖い思いをした瞬間でした。
その時に、長く住んでいるにもかかわらず自分のカンボジアの人々に対する理解が如何に浅かったかを思い知りました。

今もスーダンの友人から内戦時代の話を聞く度、
自分の想像力が問われているような気がします。
いくら話を聞いても、写真も無い、文献も無い。
当時の彼らの困難さを、正直言って中々想像できていない自分がいます。

日本の多くの人々にとってアフリカの出来事は感覚的に遠い、というようなことがよく言われますが、私はアフリカの地に身をおきながら、情けない話です。

いわま

05:58 | コメント (0) | トラックバック (0)

カバル


アラビア語もっと勉強せなあかん。
知らない単語が出てくる度メモしていたのは、来てからの1ヶ月くらい。
忙しくなるにつれ、暑くなってくるにつれ、いつのまにかそんな習慣なくなった。
一日に一語でもいい。覚えよう。
そうすりゃ一年で300語以上。
と、頭では分かってるんだけど。

先日、またしても車の調子が悪い。
運転手のユーシフ、ロシナンテス・ガダレフ事務所所長のハフィーダと3人で、
自動車修理工場を尋ねて回る。
やっと直せる整備士のいる工場を見つける。
修理に時間がかかるというので、また後で車を持ってくることにする。

帰り道、ユーシフとハフィーダが盛んに話し合っている。
少しでも聞き取る努力をしよう。
時々耳に入ってくるのが、「カバル」という単語。
聞き取りやすい。
自分の好きなアラビア単語「ジャマル」(ラクダの意)にも似ている。
よし、今日はこの「カバル」を自分のものにしよう。

ユーシフとハフィーダの会話が一段落したところをすかさず聞く。
いわま「ハフィーダ、カバルってどういう意味?」
ハフィ「さっき会った整備士のニックネーム。どういう意味かは知らない。」
いわま「・・・・・・。」

05:40 | コメント (4) | トラックバック (0)

盲腸-ムスタファへ


3月からの1ヶ月ほどの闘病期間の中で、
痛みに耐えなければいけない場面というのが結構あった。
その度に、心の中でムスタファの名を唱えた。

彼と一緒に活動するようになってから、考えてみれば3ヶ月しか経っていない。
自分たちの活動はほんのちっちゃい規模のものだけど、
スーダンが直面する困難さはとても大規模なものだ。
そう思うといくらでも悲観的になれる。

そんな中で希望を感じられる時があるとしたら、
現地の人との良い出会いがあった時だ。
彼は自分に希望を感じさせてくれた。
いいやつだった。
ほんとにかなしい。

でも彼の死を心底悲しみ、そして苦しんだ人がいる。
それにくらべたら自分のかなしみはちっぽけだ。
自分に希望を感じさせてくれる人は、彼一人だけではない。
そんな環境の中で働けるのは幸せだし、そのことに感謝しなきゃ。

最後に、自分では勝手に自分の苦しい瞬間を彼に支えてもらったと思っている。
ムスタファ、どうもありがとう。

いわま

05:40 | コメント (0) | トラックバック (0)

長崎ピースミュージアム


月曜日に京都に行きました。

小倉を6時30分くらいの新幹線で京都に行き、
そこで沖縄のアリ先生と立命館大学や京都大学を訪問しました。

途中、西尾の八つ橋本店を覗き、アリさんに日本の伝統を見せました。
創業320年だそうです。

そして、京都から長崎へと飛びました。

移動中は、疲れが出て、ずっと寝ていました。

長崎で、写真家の内藤順司さんと再会すると、
今までの疲れが吹っ飛んでしまいました。

今回、長崎ピースミュージアムで内藤順司さんの写真展が開催されるためです。

とても綺麗に仕上がったスーダンでのロシナンテスの活動が並んでいました。

内藤さんの古くからの友人である浅田さん(若くして県会議員の先生です)が、
広報の役割をしてくれ、2つの新聞社、2つのラジオ局、2つのテレビ局の取材を受けました。

読売新聞では以下のアドレスで記事が見られます。

http://kyushu.yomiuri.co.jp/news/national/20080624-OYS1T00425.htm

また、内藤さんの友人である方が鹿児島から、
そして福井からも来てくださっており、内藤さんの幅広くそして深い交友関係に
いつもの事ながら驚かされました。

7月11日まで写真展が開催されます。
近郊の方々は、是非ご覧になってください。

私は明日から東京です。

川原尚行


23:38 | コメント (0) | トラックバック (0)

グッティヤ建設2


聞いてください。
新しいグッティヤを建ててることは前も言いましたが、、、

土台が出来て今は屋根を作ってる段階です。
夜が明けた。
いつものように診療所に来て裏に建設中の
グッティヤを見ると、、

く、、食われてる、、。
屋根が牛に食われてる、、、

その食べられたってのがめっちゃ笑いのつぼにはまって、
『ははっ!牛が食ってやんの!!めっちゃおもろいわー!!』
ってお腹抱えて笑ってて、なぁ?めっちゃおもろいなぁ!って
横にいるスタッフのモハメドに問いかけたら

わ、、笑ってない、、、(むしろ怒っている、、)

『、、ムシュキラ(問題だ!!)』
『だからきちんと仕事してないのは嫌なんだ、ビルダー(建設の人たち)も
こういうハプニングは前にもあっただろうからきちんと対処してくれないと!!
あーー腹が立つ!!』(、、と一気に喋る)

そ、、そうですよね、、(どうやら笑ってまずかった)

『あのグッティヤを見て!きちんと牛が来ないようにわらの屋根の下の部分を
カバーしてある』

(ほんまや、よく見たら違うのがある、、けど、あまりよくわかんない
、、がここは合わせておいた方がよさそうなので)

『あんなふうに対処しなきゃ!早急に!
この人たちには任せられん!!今すぐショアック(近くの町)に行って他のビルダーに聞くか
対処する!!』(、、と一気に喋る)

(で、、ですよね。怒りはごもっともです。はい)

その後モハメド、ビルダーに注意しに行き、ショアックに飛んでいきました。
さすが仕事人!!

私はといえば 牛のご飯になった食べられた屋根なんか記念撮影して
ちょっとニヤニヤしてたけど、こんな姿見つかったら
また怒りをあおること間違いなしだよね。


建設が牛との戦いなんてちょっと面白いよねぇ。
あたしかなり笑わせてもらいましたよ。

向井

18:15 | コメント (2) | トラックバック (0)

盲腸-つらかったとき


3月11日に盲腸を発症しガダレフで手術、そして数日入院。
退院後ハルツームに戻り再び腹痛を起こし即入院。
数日後日本に移送され、関西空港そばの病院に数日入院。
それから実家のある北海道・旭川市の病院に移送され、結局退院したのが4月11日。

そんなコースの中で最もつらかった1日と、最もつらかった瞬間というのがあります。

日本に緊急帰国することが決まりましたが航空券が中々取れない。
川原さんが徹夜で保険会社と連絡を取りながら手配をしてくれてますが、中々確定できない。
結局不確かなまま病院を退院して空港に直行、でも結局乗れませんでした。
翌日のフライトは取れているので、一晩だけならということで病院には戻らず、ロシナンテスの宿舎に帰る。
しかしこれが最もつらい1日の始まり。

宿舎に着いた時点では痛み止めが効いているのでつらくなかった。
しかし翌朝未明、午前4時ごろ、切れた。そして便意も催した。
まずベッドから起き上がるのが一苦労、と言うより大苦戦。
スーダンのベッドは網で出来ているのが多いので、横になると身体がベッドの中に沈む。
寝返りすら中々打てない腹痛の中、そこから起き上がるのはかなりの重労働だ。
何とか起きて足を引きずりながら歩く。そこでふと気付く。
うちのトイレは全ていわゆる和風のしゃがみ式トイレ。しかしとてもしゃがみこめる状態じゃない。
イスに座ってしばし考える。結局イスの背もたれを抱えるようにして逆向きに座って、お尻を少しイスから出して排出する方法を思い付く。
ちょうど起きてきてくれた看護師の菅井さんに、イスをトイレまで運んでもらう。
何とか出来た。ずっと点滴生活なので出るのはほとんど水だ。
下痢状態になっていて、一回終了したのだが、また便意を催した。歩くだけでもかなりきついのに。

また点滴以外、食べ物も飲み物も口に出来ないのでやたらと喉が渇く。
それで水を口に含んで口中でクチュクチュして、それを吐き出す、というのを頻繁に繰り返す。
痛みと渇きとの戦いだった。

最もつらかった瞬間。
お腹に膿が溜まっているというので、それを出すためにお腹に管を射す。
これを最初にやったのがハルツームの病院にいた時。
やたら冷房の効いたレントゲン室の固い寝台に数十分放置され、身体の節々が痛くなっていたときに射された。
こんなに痛い思いをしたのは近年あまり記憶に無く、その時
「この痛みがあと何秒続くんだ」と思った。

その数日後、日本に長時間かけて移送され、病院に着いてすぐ、その管を取り替えましょう、ということになった。
局所麻酔をするという。なら大丈夫だろうとタカをくくっていた。
そしたらそれが、今回の盲腸フルコースの中で最もつらい瞬間だった。

ハルツームの時よりも痛みが微妙に勝っていたと思うのは、その時
「もうこれ以上耐えられない」と思ったからだ。
その時は思い切り叫び声を挙げた。

あんなに叫んだのはいつ以来だろう。
カラオケで長渕を歌うときだって、あんな大声は出さない。
あの瞬間、女性の看護師さんが自分の手をギュッと握り締めて
「がんばって!」と励ましてくれた。
いい想い出。

いわま

05:20 | コメント (3) | トラックバック (0)

愚痴


あっ、スパゲッティがない!
おとといの夕方買ったばっかりなのに。
まだ200g以上残ってたのに。
さては食べたな、ハフィーダ(ローカル・スタッフ、女性、太目)。

--------------------

ハサバラ村からガダレフの町に戻ってきた。
楽しみは冷凍してある牛乳。
砂糖入りの紙パック牛乳がこちらでは売っていて、
そのまま飲むと甘いが、凍らせると絶妙なアイスデザートになるのだ。
俺の好きなアイスクリーム「爽」に通ずる味なのだ。

あっ、ない!
さては食べたな、ハフィーダ。

いわま「ハフィーダ、俺のアイスミルク食べた?」
ハフィ「・・・。昨日、・・・。」
いわま「・・・・・・・・・・。」

05:19 | コメント (81) | トラックバック (0)

サッカー以外で大事なこと


皆さん、こんにちは。今月末に行われる、ワールドユースアフリカ予選大会に向けて、20歳以下代表チームは練習を続けています。試合前に国外、国内で合宿を行おうと計画していました。独特な環境にあるスーダンから離れ、気候や環境のいい場所でよい経験を選手につませ、敵地での戦いに備えるために海外での合宿を行う予定で話が進んでいましたが、予算の都合で実行できませんでした。それならと国内に切り替えましたが、国内にも地方にはスタジアムなどいい環境でサッカーが出来る場所がハルツーム以外には少なということで、結局アカデミーで行うことになりました。
 そこでアカデミーで準備を進めようとすると、何部屋かのベットやファンがすでに故障しているため、使えない部屋があることや食堂の皿や食器が前回来たチームにほとんど持っていかれてしまい!?食器などが揃っていないことなどから宿泊がアカデミーでは難しいということになりました。 宿泊は近くのユースホステルを借りてアカデミーで練習を行うということで、当初の予定より3日遅れて幾多の難関?を乗り越えやっと合宿が出来ることになりました! 
 
アカデミーも創立から2年目なのに、すでに物が早く壊れたり、あるはずのものが無くなっています。 練習後にも飲んだペットボトルやビニール袋などもその辺にポイ捨てです。使っているチームの指導者のマナーが備わっていないことが大きな原因です。個人的にはサッカーマンとしてグランドにごみを捨てるということは普通なら出来ないと思いますが・・・。

日本にいるときにサッカー日本代表の岡田監督の講習会を聞きに行きました。色々な話の中で一つの話を思い出しました。
 「弱いチームと強いチームはクラブハウスに行けばすぐ分かる。強いチームのクラブハウスは常にきれいに手が行き届いていてきちっとしている、弱いクラブはそういったところに手が行き届かない。そういった環境で練習をしていても強くはならない。」
 強いクラブは、クラブの人が自然に自分のクラブを強くするという心理がそこに現れていてしっかり管理ができているといことではないかと思いました。
これは日本人的な考えかもしれないですが、スーダンのサッカーにも当てはまるなと思いました。スーダンフットボールアカデミーを利用する人たちは、まだそういった心が育っていない現われなのではないかと。これがすべてではないと思いますが、サッカーだけでなくこういった教育も大事にせねば!とグランドに捨てられているゴミを見ながら考えました。

18:41 | コメント (16) | トラックバック (0)

グッティヤ建設



タイトルだけでは何のことかわかりません。
新居建設です。
こちらの家のこと(とんがりやねのお家)をグッティーヤと呼びます。
新しい家を病院の裏に建てることに。
その方がスタッフも近いし、水事情も良くなる、、(と信じて)

今のグッティヤは村長のハッサン家の敷地。
ハッサンの奥さんにご飯を運んでもらったりご迷惑もかけているし
やはりハッサンの敷地内にすんでると
他の村人にも良くは映らない(ひいきしてるっぽく見られる)ことも
考慮。
診療所スタッフも自分たちの家のほうが気兼ねないかな?
ということでこの度お引越し計画です。

今日はまだ土台、、ってか穴掘ってただけだけどどんな風なのが建つか
(まぁたぶんその他大勢と同じだろうが)
楽しみです。
ついでにシャワー室やトイレも一緒に。
あ でもほんっと勝手に3階建てとかステキなのを想像しないでね。石でできたただの箱物ですから、、

でも意外と快適だったりするのだ。

はーー。スーダンに来て5ヶ月目、、そろそろ湯船につかりたいよ!!
こんなに暑いんやから、日中ドラム缶に水溜めて置いておいたら熱湯になるし、
それで風呂入れるやん?
それか、ナイル川が近くだからそこまでドラム缶を運んで、、

、、、って何言ってんの?私。
ばかばか、ドラム缶で風呂入ってどうすんのよ、私ってば!
あぁぁだんだん感覚が鈍くなってきた、、

こないだ誕生日パーティで少しのワインで目が回ったし、
最近は上手に手で何でも食べれるようになったし、
髪の毛も自分で切ってるし、
とっさに出てくる一言がアラビア語になってるし、
履いてる靴見てハフィーダに新しいの買った方がいいよ♪って言われるし
どこでも寝れるし、
マラリアがあるっつーのに蚊帳も使ってない、、。

しかも、週末DVDのER見たら、医療が最新過ぎて見ててくらくらして、
ここ数ヶ月テレビを見てなかったから一時間で目が回ってきたし、
変な服も気にならなくなってきた、、、、。
言葉も英語とアラビア語と大阪弁が
混ざってるし。
だんだん私の中のやまとなでしこが消えていってるような、、、
(もともとないって?)

世間には2000円くらいのランチをして、
ブランドに身を包んで汚れた服を着てない女性がたくさんいるのに、、、、
おほほ とか言いながら。

やだーー!!
でも、こんなネタの宝庫の暮らしが楽しかったりするから 
私ってばここにいるんやろうなぁ。
えへ。

向井

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盲腸-傷痕


私がガダレフで受けた盲腸手術は無事終了しました。

手術に立ち会ってくれた矢野和美医師によると、
「日本なら2cmくらいしか切らないけど、10cmくらい切ってたわね」とのこと。

その後再び腹痛を起こしハルツームに入院することになるのだが、
そこの病院のスーダン人医師は
「今どきこんなに切って、一体誰がやったんだ」ってなことを言ってました。

今も残る壮大なお腹の傷痕。
人に見せる機会が無いのがちょっとさみしい。

いわま

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雨季の前に


ハルツームでは7月8月が雨季になります。
雨季と言っても、日本の梅雨とは違って、1週間に1,2回激しい雨が1時間ほど降る程度ですが。
年に1,2回洪水になるような大雨が降ります。
先日の飛行機事故の時は、今年初めての本格的な激しい雨でしたが、徐々に雨が降りはじめました。
南に行けば行くほど、雨季が長くなり、ハルツームより南に位置するガダーレフ、ハサバラでは、もうだいぶ雨も降るようになっているようです。

さて、雨季が来る前に、ハルツームの事務所でしないといけないことがあります。
下水の処理です。
町の中心部は下水施設があるのかもしれませんが、私たちが住んでいる地域には下水管などありません。
ではどうするかと言うと、敷地内のちょうど駐車スペースの下に、大きな下水槽があります。
台所の水も、洗濯の水も、もちろんトイレの水も全てここに流れ込みます。
中を覗くと、2層式になっているようですが、どういい構造かはよく分かりません。
水分は徐々に土壌に吸収されるようになっているようです。
そうでないと、すぐにあふれてしまいます。
ただ汚物は溜まっていくので、溜まったらバキュームカーを呼ぶことになります。

ところで、田舎の方のトイレはどうなっているのでしょう。
ハサバラ村で人口調査をした時に調べてみました。
結果は、ほとんどの家がトイレを持っていなく、その辺で適当にやっているようです。
家畜があちこちにいて、糞がたくさん散乱しているので、人間だけがちゃんとしてもあまり意味がないのかもしれません。
でも、衛生上よくはないので、ロシナンテスとして何かできないか模索中です。
ただ、トイレもあるところにはあります。
私が村にいる時は、診療所の立派なトイレを使いますが、普通の家のトイレは大きな穴を掘った上にふたをして、小さな穴を開けただけ、天井があればいい方で、周りを草木で囲っただけというのがほとんどです。
そして汚物が溜まれば、別のところに穴を掘り移動していきます。
土地が広いからできるのでしょう。

さて、ハルツーム事務所の下水槽ですが、前回汲み取りをしたのが1年前。
溜まったところで大雨が降ると、汚水があふれる危険があるので、雨季の前に汲み取りをしました。
先日そのことを思い出し、久しぶりに下水槽を覗いてみると、いっぱいになっています。
これはいけないと思いましたが、前回は街中で見つけたバキュームカーに声をかけ、汲み取りに来てもらいました。
どうすればいいか、スーダン人スタッフに聞いてみると、バキュームカーはどこそこの地域でよく見かけるというので、一緒に来てもらい、すぐ見つけました。
バキュームカーの運転手に聞いてみると、バキュームカーが集まるところがあると言うので、場所を聞き、そこに行って見ます。
バキュームカーが何十台といて、奥の方では車から汚水をどんどん流しだしています。
あれはどう処理しているのか気になりましたが、遠くてよくわかりません。
すると入り口あたりにたむろしていた人たちが、私の車に寄ってきます。
バキュームカーの運転手たちです。
値段交渉をして(約5千円)、バキュームカーを先導し事務所まで来てもらい、汲み取りをしてもらいました。
覗くと中は見事に空っぽ。これで、今年も大丈夫でしょう。

霜田治喜

02:23 | コメント (0) | トラックバック (0)

ワールドカップ予選


皆さん、こんにちは。昨日の日本対タイ戦は日本の見事な勝利でワールドカップ・アジア最終予選進出が決まりましたね。
 
スーダンもアフリカ予選を戦っていて、グループには強豪マリをはじめ、コンゴ、チャドと同じグループを戦っています。先月末にスーダンでチャドと試合が行われる予定でしたが、5月10日に起こった、反乱軍のハルツーム侵攻にチャドが関与しているとスーダン政府が発表し、両国の関係がさらに悪化し、緊張状態が続いている影響で、残念なことにスーダン対チャドの試合は延期になってしまいました。
 
昨日は、マリとの試合がスーダンで行われ、試合を観戦にスタジアム行きました。
スーダンは先週、コンゴに負け、サポーターからも勝ちを求められ、負ければサポーターが暴動を起こしそうな勢いです。対するマリは、ほとんどの選手がヨーロッパでプレーするスター軍団です。
スタジアムはざっと見、99パーセント男。95パーセントスーダンサポーター。ほぼ満員です。そして警察や軍が物々しく配備されており、サッカーの試合というよりは、今から拳闘の試合が始まるようなむさ苦しい熱気に包まれた中での試合でした。
試合は予想とは反対に?立ち上がりからスーダンが試合を支配し、動きの重いマリのゴールを脅かし、前半終了間際に1点を先制!スーダンリードで前半を折り返します。後半、一時マリに同点にされますが、今日のスーダンはそこでは終わりませんでした。スーダンは巧みに選手交代を行い、攻めにいき、見事追加点を入れ、そのあと更に1点追加し、グループリーグ首位のマリを3-2で破る大金星をあげました。
スーダンはとてもいい試合をしました。勝ちにいく姿勢がプレーにも表れ、動きも良く随所に体を張ったプレーが目立ちました。観衆も試合後のスーダンチームも何かの大会に優勝したような勢いで大喜びでした。私も知らない周りの観客と握手をし、お互いにスーダン代表の健闘を称えました。

昨日はスーダン代表の劇的なワールドカップ予選での勝利に加え、日本代表が最終予選進出を決めとても気持ちのいいスーダンでの1日でした。

三田

14:47 | コメント (696) | トラックバック (0)

どっちが幸せ?80歳のおばあちゃん


スタッフのハフィーダの家に週末は泊まりに行ってました。
彼女の家は彼女曰く スーダンで中くらいの階級の家。
いわば庶民宅です。

ここでも同じように大家族。
両親とともに、ハフィーダの兄弟の奥さんその子供、などなど10人くらいで生活してます。

一緒に住んでるハフィーダのおばあちゃん。
80歳くらいだといってますが、
スーダンでは正確に自分の年齢を知っている人が少ない。

誕生日も覚えやすいといって1月1日に(勝手に)する人が非常に多いし、
前にデモグラフィーをしたときに、25歳、とか30歳、、とか、40歳、、とか覚えやすい年齢の人が多かったのもそのせいだと思う。

そんな適当さは結構私は大好き。

さてさておばあちゃん。
丁度私がナースということもあって、家族の人から彼女が歩けないんだけど、どうしてか?
どうしたらいいのか?など質問を受けました。

確かに彼女は日中ベットで横になったり座ったり。
食事も自分で取れるし、話だってきちんとできる。

歩くことは周りの支えが合ってよたよた2,3歩。

確かに膝や大腿のオペをしたりすれば良くなるかもしれない。

私は日本でリハビリの病院に勤めていました。
そこでは80歳くらいの方も一生懸命リハビリをしたり、
もちろん若い人が事故後のリハビリもしています。

ただ日本の病院でよくお年寄りを入院させている家族から耳にした言葉は

『最低でも自分で身の回りのことが出来なければつれて帰れません』

『介護の負担が大きいのでせめてトイレにさえ自分で行ってくれたら家に連れて帰るんだけど』

もちろん、そうです。
核家族の日本では介護が必要なお年寄りを見るには 
日中誰もいないことが多く、
家にいるお嫁さん、など一人に対する負担がかなり大きい。

ハフィーダの家に3泊した私はそのおばあちゃんの様子を見てました。
家族は10人くらいいて、しかも週末はひっきりなしに隣人やいとこが遊びに来るので

おばあちゃんは常に誰かと会話してる。

そとでベットを出して
(ここはベットがイス代わりになる)

みんなで喋ってるときに突然の雷雨
(みんなでおばあちゃんごと家の中に移動)

おばあちゃんは気の向いたときに寝たり起きたり、はたまた喋ったり
(私まったくアラビア語駄目ですがずっと話しかけてくる)

食べたり飲んだり
(肉もがつがつ食うし、脂もんだってなんのその)

なんせ女性がたくさんいるのでみんなで作って、
子供の世話もみーんなでする
(誰が誰の子供かもわかりゃあしない)

なんか、こんなふうに家族の中で年をとるのって幸せなんやナって思いました。
大家族でご近所さんもみんな顔見知り。
時にうっとおしいくらいプライベートがないけど、常に誰かがいる。

でもお年寄りを病院に入れることが悪いって言ってるんじゃないです。
私のおばあちゃんも鹿児島の山奥に住んでいて、転んで骨折。
そのまま一度も家に帰れず、
うちのお父さん含め子供たちはみんな鹿児島を離れていて
年に数回見舞いにいけるのがやっと、
呼び寄せることもできず、そのまま施設で数年過ごし
大好きな野良仕事をもう一回する夢も果たせず なくなりました。

そうしかできない事情もある。
それに核家族の日本で日中誰とも話しをせずに家でいるよりは
施設や病院に来て、茶のみ友達のように
病院で話したり若いスタッフと話したり、
レクレーションをしたり家でいるより楽しいことがある。

そしてナースの私が言うのもなんですが、他人だから介護できるってこともある。
私たちは仕事だから。
仕事が終われば患者さんとはなれてプライベート
(私は仕事が終わればこれっぽっちも仕事のことは思い出さない)
その代わりプロの仕事を提供しなければならない。

一人で誰かを介護したら24時間ずっと一緒。
日本では一人当たりの負担が大きすぎるんじゃないかな?
介護も。
子育ても。
だから虐待とかになるんじゃないかなぁ。

日本を否定するわけではないです。
私は世界の中で日本が一番好きやから。

ただ日本では昔になくしてしまった大切なことがここには残っているような気がするだけ。

それが何かははっきりわかんないけど。

向井

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スーダンの飛行機


6月10日に発生した飛行機事故。
直後には死者100名以上という情報も流れましたが、6月11日現在、乗員乗客214名中、死者29名、不明者14名、そして171名は無事ということが確認されています。

スーダンは飛行機事故が多いと言われています。
先月は南スーダン政府の高官を乗せた飛行機事故で20名以上が死亡。
2003年6月には100名以上が死亡する事故もありました。

スーダンで、或いはスーダンに向けて、もしくはスーダンから飛行機に乗るたび、一抹の不安が頭をよぎります。
もし落ちたら...。
ここまでずっとやりたいことやってきたんだから、スーダンの地で何かあってもそれは本望だろう。
と、頭では言い聞かせてみるものの、実際もしそのようになったら一体どう思うことやら。

スーダンで活動するのに、飛行機に乗ることは避けられない。
ちなみに今まで何回乗ったんだろう。
試しに数えてみた。
最初に指折り数えてみようと思ったが、結構回数が多そうなので、パソコンに打ち込んでいった。

最初にスーダンに来たのが2005年3月。
以来、結構いろんな経路でいろんな所に行っている。
中々思い出せない時期もあって、過去の旅程表、活動計画書、報告書、挙句は会計帳簿まで手繰って調べた。
1時間以上かかった。
アホみたい。何やってんだろう、俺。いい加減、寝よう。

3年ちょっとの間に46回搭乗していた。
今晩なんか悪い夢見そう。

いわま

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アポなし


私の親友に、沖縄の大学で教授をしているアリさんがいます。

昨日、彼は沖縄から福岡まできてくれました。

九州大学とスーダンとで共同研究するための話を詰めるためです。
約束は午後2時でした。

彼がやってきたのは、朝の9時30分です。
福岡空港まで迎えに行きました。

さあ、2時まで何をしましょうか?

そうだ!医学部の教授を紹介しよう!
アリさんが、IT技術を使った遠隔医療がみたいと言っていたので、
それも見せてやろう!

でも、全く約束を取っていません。

いつもの調子で、アポなしでの突撃です。

お忙しい教授は、私の突然の襲撃に対しても、
快く対応してくださり、遠隔医療の部門も担当の先生方を呼びだしてくださり、
満足のいく視察ができました。

実は、この遠隔医療をスーダン・日本間で行おうという計画を立てています。
そういう計画があるなら、前もって訪問する約束を取っておればよいのに、
忙しさのために、直前にならないと頭が回りませんでした。

次に、私が大学院時代にお世話になった教授(元医学部長です)にも、アポなしで
訪問しました。

これまたお忙しい教授も、快く私たちを受け入れてくれました。

医学部から本学へと移動し、昼食の後、時間が少しあったので
ついでに、総長と副学長に挨拶しようとおもい、本部へ行きましたが
さすがに、こちらはアポなしでは、駄目なようで、お忙しい先生方は不在でした。

でも、後日お会い出来るようになりました。

やっと、約束の2時になり、その日のメインである教授にお会いしました。
これまた、面白い話ができました。
これは、別の機会に紹介します。

夕方になり、ちらっと福岡大学を訪問しました。
国際関係をやっている先生にお会いできました。

これも突撃で先方様にはご迷惑をかけたと思います。

最後に、私の大親友であるハリッドさん一家を訪問しました。

これもハリッドさんに直前まで全く連絡をしていませんでした。

久しぶりにあったハリッドさんが言います。

「ドクター!あなたはスーダン人の悪いところを引き継いでいる。
私はスーダン人であるが、日本で生活して、きっちりとした日本人をまねようと努力しているのに!
日本に帰ってきたら日本人のように振る舞ってください!」

冗談半分ではありますが、怒られてしまいました。

今日の予定は、約束は取ってあります。

明日は、知覧に行こうと思っているのですが、
約束は取っていません。

今日の一番は、知覧の人に約束を取り付けることですね。

川原尚行


05:59 | コメント (17) | トラックバック (0)

結婚式


スタッフのハフィーダのいとこの結婚式に参加しました。
しかも、私がドレスを持っていないことに、なんとオーダーメイドでドレスを作ってプレゼントしてくれました。

結婚式の前には今はいてる靴も駄目よ!!
とシルバーのヒールを選ばれアクセサリーも買い、
上から下まで全てスーダンでそろえました。

080612_1.JPG


私が行ったのはエリス(結婚式のうち)結婚式の前夜祭のヘンナというもの。

これは花嫁の家族や友達が来て、花婿は抜きで、花嫁の仲間のみで独身最後のパーティです。
参加も自由。
100人以上の友達が駆けつけ花嫁になる彼女と踊ったり、騒いだり。
これには本当に感動しました。

誰でもウェルカム。
友達やみんなに祝福され気のままに踊って騒いで。

こんな形の結婚式ならみんな気楽にいけるし、何度でも行きたいと思う。
花嫁になる彼女もいい顔してた。
独身最後を花嫁の仲間だけに囲まれて騒ぐなんてなんだかステキ。
結婚式当日はあさって。もちろん参加してきます。
今日が楽しかったら、今楽しく踊れたらそれでいいんだよ。ね。

盛り上げて踊る彼女達。
やっぱ黒人の人の音楽センスは抜群!
かっこいい!
子供もかっこよく踊る。
こういうの私だーい好きなんです。
もちろん日本人として負けないくらい騒いで笑って踊ってきました。

080612_2.JPG


いつか、こんな風に友達と踊ったり、昼間バーベキューをしながらお酒飲んで
音楽かけておどったり、騒いだり、
大好きな友達と一緒に輪を作って他の女の子達に負けないように
踊ったこと、鮮明に思い出しました。

あの時はあの時間が永遠に続くと思ってたけど。
いつかまた、みんなでバカ騒ぎしたいです。

明日また結婚式本番にいってきまーす!
いっぱい食べて騒いでくるぞー!!

ちなみにこの帰り、雨が降ってきてタクシーも捕まらなかったんですが。
道でタクシーを探していたら
車が一台止まってくれた。

そして私たちを送ってくれました。

ハフィーダが言いました。
『私たちとこの彼はもう二度と会う事もないかもしれないし、知らない人。
でも、これが人に親切にすると言うこと』

そうですね。
色んな経験をさせてくれてスーダン、きてよかったです。

写真はオーダーメイドしてもらった洋服と、
楽しく踊ってるスーダン人の様子です。
楽しさ伝わるといいです!

向井


17:59 | コメント (2) | トラックバック (0)

ハルツームでの飛行機事故


昨晩ハルツーム空港で飛行機事故がありました。
アンマン発ダマスカス経由ハルツーム行きのスーダン航空の飛行機が
空港に着陸直後エンジンが爆発したということで、
単純に着陸に失敗したということではないようです。
乗員乗客217人のうち半数近くがなくなられたようです。
ただいろいろな情報があり、詳しいことは今の時点ではわかりません。
砂嵐の後、今年ハルツームでは初めての本格的な雨が降っており、
悪天候が影響したのかもしれません。

昨晩は、5年間もスーダンにいた国連の職員の方が
辞められて日本に帰るということで、大使公邸に食事に呼ばれ、
私と岩間さんも知り合いと言うことで同席させていただきました。
その食事の最中にこのニュースが飛び込んできて、
ちょうど同席していた領事が対応に追われ確認のため空港に向かいました。

事故を起こしたスーダン航空は略語のSDNからサドンデス航空とも言われ、
事故の多い航空会社として有名です。
2003年にもポートスーダン行きの飛行機が墜落し100人以上が亡くなられています。
私が始めてポートスーダンに行くことになったときも、
真っ先にスーダンの方からスーダン航空は利用するなと言われました。
現時点ではまだわかりませんが、日本人がこの飛行機に乗っている可能性は
ほとんどないと思います。

亡くなられた方のご冥福を祈ります。

霜田治喜

14:44 | コメント (2) | トラックバック (0)

東京から地方へ


高知からのお客様を北九州の我が実家に招待しました。

その夜、近くを流れる川のほとりを散策しました。
蛍をみるためです。

本当にきれいな蛍が乱舞していました。

北九州というと、かつての工業地帯のイメージがあるのでしょうが、
良い自然が残っています。

翌朝、東京へと向かいました。
東京での初の講演会のためです。

この企画は、ホームページを担当してくれているUNIPHの若者3人が
行ってくれました。

場所はJICA広尾の地球ひろばの定員60名の小ホールです。

当初は、参加申し込みが30名足らずでどうなるかと思っていましたが、
実際には100名近い参加者が来られました。

1500円の料金を払ってまで、ロシナンテスの講演を聞きに来てくれたのです。

浦和の居酒屋「力」の方々、タンザニア時代の友人、
高校ラグビー部の後輩(実に20数年ぶりです)、
高校の同級生、支援してくださっている企業の方々、
スーダンでお会いした方々、
遠く名古屋からいらしてくれた方、
本当に多くの方々にいらしていただいて、感激いたしました。

講演途中、熱心になるあまり時間配分を間違え、後半は巻きが入りました。
もっと、伝えたいことがあったのですが、でも皆様は最後まで熱心に聞き入ってくださいました。

何せ、初めての企画で行きとどかなかったことが多々あり、申し訳ございませんでした。

でも、若者3人が本当によくやってくれました。

その晩は、人の迷惑顧みず、深夜まで飲んでしまいました。
私は、嬉しかったし、今後も彼らとともに仕事をしていきたいとの意を強くしました。

翌日は、二日酔いの中、東京の母校の同窓会に出席しました。

その最中に、秋葉原での惨劇があったようです。

本日(火曜日)のニュースでは、スーダンで飛行機が炎上したようです。

暗いニュースが続きますが、私は唐津、熊本、出水とお世話になっている方々に
ごあいさつに回ります。

川原尚行


14:03 | コメント (1) | トラックバック (0)

日本代表 対 オマーン 代表の試合を見て


 7日の日本対オマーンの試合をスーダンで衛星放送を通じて見ることができました。 
最近はワールドカップ予選やアジアチャンピオンズカップなどで中東勢相手だとライブで日本の試合がみることができるので日本の試合を見て一喜一憂しています。そして、スーダン人の友人らも同じアラブの国と日本の試合ということで試合を見ていて、日本が勝った負けたで、次の日はその友人や選手に馬鹿にされるか、褒められるかの対応なので、負けず嫌いな私は、馬鹿にされたくないので応援にも自然に熱が入ります。今日はあえて自分から試合の話はしませんでしたが、「日本は良くやった」といってくれる友人が多く安心しました。

 それにしても今回の試合のスケジュールは大変なものだと思いました。2日に試合をして、7日に25度以上も気温差があるオマーンでの試合はコンディションの面や、中東という異質の中で試合をする精神的な重圧もあると思います。
 私も日本に一時帰国してスーダンに帰ると、大きな気温差や時差、あとお酒が飲めない悲しさ(これが一番の影響か?)から3日くらいは体調不良になります。
 いくら体調管理をしていても、1週間で違う環境に身体がなれることは難しいし、ミネラルウォーターを飲んでも、異国の違う水は合う、合わないがあるので、数人の選手が下痢や体調不良を訴えるのも十分予想できることだと思います。そんな中での勝ち点1を稼いだのは次に繋がる大きな勝ち点だと思いました。

 これから3次予選を突破して、最終予選もこの大きな壁を乗り越えなくては南アフリカへの切符な手にできません。いかに選手が精神的にタフになれるか。ワールドカップ経験者が中心になりチームを引っ張り、ひとつにまとまり、選ばれた23人でいかに戦い抜くことができるかが、最後の勝敗をわける鍵だと考えます。

 個人的にはスーダンで少しでも長い期間日本代表を応援するという娯楽を増やしてもらいたいものです。

がんばれ日本!

三田 

14:32 | コメント (13) | トラックバック (0)

羊の絞め殺し


週末スタッフのハフィーダの家に遊びに行きました。
今週末はガターレフで一人なので夜は危ないからと週末の夜は全て泊まりに行くことに。

他にも客人がいて、スーダンではお客さんが来るときには羊をもてなします。

ハフィーダの家に夕方行って庭を見るとかわいいひつじちゃん。
、、きっと食卓に並ぶ運命を知ってか知らぬか全てを見据えている目をして彼は庭で星空を眺めていました。

今朝 家人の男性に引っ張られ ブッチャー(肉屋さん)が呼ばれ待ち構えてます。

まず首を傷つけ血抜きします。
地面に伏せさせ首を絞めるまでは一瞬。職人技。
首を切られてもなお体は激しく動きます。
生きてるものを殺すってのはこういうことなんや、、、

そして面白いと思ったのが 足に傷をつけそこから棒をいれ隙間を作り、空気を吹き込んでいくの。
見る見る間に羊はパンパン。

そしてお腹にナイフを入れ、綺麗に皮をはいでいきます。

ある程度皮をはいだら木につるして、皮を全て取り 今度は内臓を取っていきます。

食べないところはほとんどないくらいに、全てを解体していく。

解体終了したら後は料理。
炭火で焼いた肉は塩味だけのシンプルな味なのにほんっと美味しい!!

さて、昨日の夜見た羊がお腹の中に入った。
昨日ハフィーダに明日食べるのよって、聞いたときはちょっとかわいそうな気がしたん。

でも今日全ての作業を見て思ったことは
かわいそうって言い方はこんなにも他の動物を殺して食べてきた私たちが言えるせりふなのかな。

もう何千年も前から他の動物を殺して食べて成長してきた。
スーパーなんかじゃ肉も切った身だけを売ってるから、
生きている動物を殺して食べている実感があまりわかない。

犬を食べるのが野蛮だとか、鯨を食べるのがいけないとか、
かわいそうとか、そんなん周りの勝手な都合。

それしか食べれない地域だってあるし、
暴飲暴食をして残飯が山のように出る国よりは、
一個の命を綺麗に残さず食べる方がよっぽど生き物の命に対して親切なんじゃないのかなぁ。

食べるって事はこういうこと。
いただきます。
命を頂いてるんだよ。

だからしっかり残さず食べなきゃ。
買いすぎて 食材を無駄にするようなことはできるだけしたくないなって思った。

命を頂いてるんやから。

向井


01:15 | コメント (0) | トラックバック (0)

夕焼け


フィリピンに行ったとき夕日を見ました。
確かフィリピンの夕日は世界で一番綺麗だとか。
そして、自分の国に一番を誇るものがたくさん存在するのはいいことだと思う。
日本でだって何気なく仕事の帰りに見た夕日が涙が出るほど綺麗だったりすることがある。

綺麗なものに素直に感動できるのは そのときの心が澄んでいるから。
感動できる綺麗な心が自分の中にあるから。

私はこの村の夕焼けが好きです。
灼熱の日中から開放されると言う幸福感もあるんだけど、電気がないこの村で全てが闇に包まれ、
優しい月明かりと星空に包まれていく時間の始まりである夕焼け。

日没はお祈りの時間。
人も動物もオレンジ色に染まって風景に溶け込んでいくのを見ていると
人間は何て小さなものなんだろうと実感する。
今私が見ている夕日が世界一綺麗なんじゃないかって。

そして私もまたその夕日に溶け込んで風景の一部になる。
決してもう二度と見ることのない今日の夕焼けは 
決して立ち止まらせてくれない時間を意味する。

もう二度とここで同じ夕日を見ることは出来ないから。
そして、いつかこの村で暮らしてた日々が思い出になるから。

今を楽しむことが人生を楽しむことです。
愚痴言って立ち止まってたらつまらないと思いませんか。

向井

18:14 | コメント (0) | トラックバック (0)

盲腸


 ご無沙汰しております。実に久しぶりのブログ投稿です。たぶん4ヶ月ぶりくらい。その内の2ヶ月くらいは病気及び静養期間ということで何とか言い訳が出来そう。後の2ヶ月をどう説明しよう。確かにいろんなことがありました。急なポートスーダンへの出張、そこで体調を崩す。ハサバラ村に日本大使や州保健大臣を招いての救急車贈呈式、川原さんが腸チフスにかかる、まわってきたアラビア語のスピーチの代読。ローカルスタッフのムスタファの交通事故。そしてその後盲腸発症。
 でもそういった間も川原さんはずっとこのブログを書いてたわけで、自分が書けなかったことの言い訳にはなりませんね。つまるところ、私はなまけものなんです。

 3月11日の未明から腹痛を起こし、昼近くになって病院に行き、結局盲腸との診断。でも運が良かったと思うのは、発症した時に、そこそこ設備の整った病院のあるガダレフの町にいたこと。本当はその日、ハサバラの村にいる予定でした。前日にハサバラ入りしたのですが、診療所で不足している医薬品があることがわかり、しばらく滞在する予定だったのを変更して急遽ガダレフまで出て来ていたのです。
 その日は痛みで歩くこともままなりませんでしたが、ロシナンテスのガダレフ事務所兼宿舎から病院まで近かったので、車に乗って少し我慢するだけでよかった。車に付いている温度計は50℃を指していました(どこまで正確か不明ですが)。もし村でこの腹痛を起こしていたらと思うとゾッとしました。その時、村で生活している人たちの状況が如何に厳しいものか改めて思い知らされました。盲腸なんて結構かかってる人も多いでしょうに、村ではそもそも正確な診断ができる設備も無いから、せいぜい薬をもらって後は我慢するしかありません。

 結局ガダレフで手術を受け、数日入院。執刀してくれた医師も入院した病院も、ここガダレフ州においては最高レベル。手術は無事成功しましたが、術後の経過が思わしくなくハルツームで数日入院した後、結局日本に移送されることに。航空券は海外旅行傷害保険でまかなわれ、しかも病人の場合はビジネスクラスがあてがわれる。
 スーダンでは外国人である自分が、如何に恵まれた環境にいるかを改めて知りました。
 その点で、いま最も厳しい環境の中で生きていくことを余儀なくされているのは、ダルフールの人々、ということになるのでしょうか。

いわま

22:20 | コメント (7) | トラックバック (0)

北九州発の国際交流


一昨年、JICA九州の助成を得て、スーダンの小児科医2名を北九州の
療育センターに視察にお連れしました。

スーダンでも、もちろん障害児はいます。
彼らにだって、きちんと教育を受ける権利はあります。

そして、スーダンにも障害児のための学校を作ろうという活動に
我がロシナンテスも力を貸した経緯があります。

スーダン人の小児科医はその中心となった人たちです。
彼らは、熱心に北九州の施設を視察して回りました。

そして、もし中古でも子ども達のための装具を頂ければ、
大変ありがたいとお願いを受けました。

そして、今年春に療育センターから多くの装具をいただきました。

さあ、スーダンまでの輸送を考えなければ行けません。

そのために、北九州の平野にあるJICA九州、北九州国際交流協会に行って
話を伺いました。

私は、北九州での国際協力を全国に見せるために、
北九州独自でこの事業をやりたいと思っています。

まだ、どこから輸送費を捻出するか答えはでていませんが、
北九州の皆様と意見交換しながら、話を進めていきます。

川原尚行

19:29 | コメント (453) | トラックバック (0)

スーダン20歳以下代表チーム


毎日、日中は40度以上の暑い日が続いておりますが、サッカーのトレーニングは夕方の気温が下がった時間帯5時くらいから行われます。日が落ちてくるとだいぶ動きやすくなるのですが、日本と違い乾燥が激しいので、汗の出る量にくらべ喉の渇きが激しく、練習中もそうですが、練習後もかなりの時間、水分を欲します。
今月7日の日本代表のオマーン戦も暑さと乾燥のなかでの体調管理はかなり大変だと予想されます。
 
さて、現在はスーダンの20歳以下代表チームのコーチの一員として、今月末に行われるアフリカ連盟ユースチャンピオン大会に向けてチームは練習中です。
 選手はスーダンにあるナショナルリーグに所属する(全国規模)チーム、1部リーグ(ハルツーム州)に所属するチームの選手30名が選ばれ候補選手として週に3回練習しています。
 毎日練習したいところですが、選手、スタッフの交通費が支給できないため、ナショナルユースチームとはいえ、週3回の練習です。それでも、スーダンサッカー協会のナショナルアカデミーの人工芝のグランドで練習できることはスーダンでは大変ステータスなことです。(人工芝もとても熱くなり、スライディングをするとやけどしそうになりますが。)
 
 今回は2回戦からケニアの20歳以下代表とホーム&アウェーで戦います。ケニアはソマリアを倒し2回戦にすすんできました。スーダンの1回戦はタンザニアが大会参加辞退したために運にも恵まれ2回戦進出です。また練習試合の結果などお伝えしていきます。

三田 智輝

15:13 | コメント (0) | トラックバック (0)

岩国での講演


大学の医局の先輩のお誘いで、岩国ライオンズクラブで講演をしてきました。

講演会の後、鵜飼いに連れていってくれました。

私は初めての鵜飼でしたが、かがり火を焚き、バックに錦帯橋があり、
中空にはお城がライトアップされ、まさに絶景でした。

岩国の鵜飼は、一時期、閉鎖されていたようですが、岩国の素晴らしい方々の尽力で
復活したそうです。

ベテランの鵜匠もいれば、若手の鵜匠もいて、日本の伝統も受け継がれるのだなと感心しました。

その酒席の中で、サッカーボールに関する話になりました。
我がロシナンテスは三田くんをスポーツ部長とするスポーツ事業があり、
その事業で、サッカーを通じての子ども達の育成をしよう!
としています。

そのために、私は子供用のサッカーボール(4号球)を日本で調達しようとしています。
何人かの方が、ボールを一個ずつ寄贈してくださるとのありがたい話もでましたが、

「1人1円でサッカーボールを購入してください。
そこに岩国の人々よりという文字を入れて
スーダンにもっていきます」

と酔っぱらった勢いで言ってしまいました。
サッカーボール1個3千円として、3千人の募金が必要です。

1人10円なら、まだしも1人1円では大変な労力がいります。
無理なことを言ったなって思いましたが、実現できたら最高です。

岩国の方々に期待しています。

そして、そのサッカーボールの報告も兼ねて、
また岩国を訪れたいです。

川原尚行

16:43 | コメント (0) | トラックバック (0)

東京での講演会


今まで何十回と各地で講演会を行ってきました。

しかし、一般参加のできる東京での講演会はありませんでした。
(業界団体での東京の講演はしました)

理由として日本に帰ってきた以上は、家族と一緒の時間を過ごしたい!
それだけのことでした。

今週末、東京で一般向けに講演会を予定しています。

事の経緯は以下のようです。

ロシナンテスのホームページを担当している東京の若者3人組がいます。
その一人が、以前旅先で荒井のシゲちゃんと会った事がきっかけとなって、
ホームページを依頼するようになりました。

それからの付き合いで、彼らの考え方もユニークであり、しっかりしたところもあり、
私も彼らと付き合うことで、新たなものが生み出されるのではないかという考えに至っています。

昨年、彼らと一緒に飲んでいて、翌朝の飛行機に乗り遅れました。
昨年11月のブログの「北九州行きの井上様」をご覧ください。

その後、彼らが、一度私の講演を聞きたいというので、
では、東京で講演会をしましょう、となりました。

彼らが全てを取り仕切っています。
今後も、ずっと彼らをロシナンテスの東京講演会の窓口にするつもりです。

講演会の詳細です。
日時:6月7日土曜日17時開場
会場:JICA広尾地球ひろば
参加費:前日1000円、当日1500円
なお、この参加費はスーダンの活動費として使わせていただきます。
定員がございますので、参加希望の方は、
氏名、住所、電話番号、メールアドレスを書いて
info@uniph.com
までご連絡お願いいたします。

では、土曜日にお会いしましょう。

川原尚行

09:37 | コメント (1) | トラックバック (0)

母校ラグビー部準決勝敗退


先週の土曜日、母校ラグビー部の県大会準決勝がありました。

1年生ながらレギュラーで出場する事になった我が息子です。

息子が活躍してくれての、母校の勝利を祈りましたが、現実はそううまくはいきません。

前半は、母校のトライで7-0でスタートです。
タックルもよく決まっています。
相手の東福岡は前半に2トライを返して、7-12で前半を終えました。

後半は、強豪東福岡が強烈な攻めをしてきます。
我が母校も、懸命に止めようとするのですが、気ばかりが焦っているようで、
空回りしています。

我が息子もタックルを決められずに相手にトライを決められます。

最後にトライを返しましたが、12-67の大敗でした。

相手に完全に飲まれたような試合展開でした。
気持ちだけでも、相手に負けない強靱なハートをもって試合に挑んでほしいです。

これから、一夏鍛え上げて秋の大会での雪辱を期待します。
そのころに、また日本に戻ります。

さて、母校の試合が終わり、我が家で高校時代の恩師の先生、
先輩、同級生、後輩が集いました。

大いに焼酎を飲み干し、語り合いました。

やはり、私の原点はここにあると思います。

ラグビーを始め、スポーツは良いものです。
我がロシナンテスもスポーツ事業を行っています。

これをもっと展開すべく、日本での応援態勢を作りたいです。
期待してくださいね。三田君!

川原尚行


21:55 | コメント (2) | トラックバック (0)

お手伝いさん


この度お手伝いさんを雇うことになりました。
と言ったらめっちゃセレブのようですが違います。
雇うことになった経過は、うちの村で2月くらいに火事があって、私はその現場を見たんだけれど(しかも第一発見者)あ!と思って人を呼んで駆けつけた日にゃぁ全焼。さすがわらの屋根は燃えやすい。

で、こないだ病院にその家の女の人が来て6人子供がいて(そのうち1歳の双子)病院代が払えないおろか子供に食べさすものもないと。しかも亭主は失業中。
それからお宅を訪問しに行ったら、やねのない焼け焦げたままの家の土台と、なんとか雨風しのげるラクーバ(これも女の人が建てた)のみ。家財道具何もない。
旦那は何をしてるか尋ねるも、歩き回っては木や屋根のわらを探し回っていると言う。
まぁ村は助け合ってるからご飯はめぐんでもらえるだろうけど、これはひどいな、、、。

ってことで、初めて村で職を持つ女の人になったわけです。
彼女の名前はマッカ。
仕事は、私たちの家の掃除、週に一回の洗濯。食器の洗物。朝食の準備(こっちの朝食は11時)を考えていて、子供さんもいることだし、半日体制で考えています。

初日。
きちんと朝早く来た彼女。
そうじも張り切っています。
大事なのは朝食作り。これは通訳のエンティサールがごはんがめっちゃ上手なので彼女に伝授してもらいことに、、、。
エンティサールとマッカが何やら話してる。
え?ご飯が作れない?
なんで?
火が使えない?
、、そうなんです。うちはガスボンベを置いてますが、一般家庭は炭をおこしてひつ(。。て言うのかい?)で料理をしてるから、科学的なガスボンベなんて使えないと、、、。
味付けもわからないと、、。
そっか、そこからか、、、。
スタートラインは低くても、ゴールさえ高ければいいのだ!

マッカが最高の料理人になるまで成長が楽しみです。

向井

18:23 | コメント (9) | トラックバック (0)

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