NPO Rocinantes / 特定非営利活動法人ロシナンテス

スーダンで戦うロシナンテたちのブログ

ジャラービア


こんにちは。
昨日カルツームの中にある市場に買い物に行きました。
霜田さんへの結婚祝いのジャラービア(スーダンでの男人の正装)を買いに行くためです。
ローカルバスで行った市場は人も多くて活気もあって、なかなか楽しそう。

でも、広いしはじめてきた場所なのでどこに何があるのかなぁと探していると、近づいてきたのは一人のスーダンの女の人。
私がつたないアラビア語でほしいものを言うと、一緒に来てくれて、最初靴を買いに行ったのですが、
男の人の靴の値段の相場なんて全く分からない私に、それは高いよ!!なんて店の人に交渉してくれている(、、と思う)
ちなみにアラビア語のまったくわからない私。
私は全くわからない言語で話されてる言葉は全て自分のこと褒めてたり言いように解釈するのが外国で生きていく秘訣と考えていますのであしからず。

スーダン人は本当に優しい人たちだなって思います。
テレビとかマスコミでよくイスラムの人を悪く映されたりするけど、どんな人種だって悪い人もいるけどいい人もいっぱいいると思います。
なので、ここで色んな人に優しくしてもらった分、ここで別の形で恩返しが出来たらいいです。
ちなみにそこで食べたハンバーガーっぽい食べ物が美味しくて安くて、美味しいものに感動できるうちはまだまだ元気なんだと実感。
ジャラービアに身を包んだ霜田さんの写真を見れるのが今から楽しみです。
日本から幸せを持ってきてくださいね。

向井

00:19 | コメント (0) | トラックバック (0)

旅人


カルツームに帰ってきていきなり断水でした。
一日水が出ません。
村で水に困るよりもはるかに精神的ダメージが強く(私だけかしら?)
夕方水が出たときはほんと嬉しくって、いろんなことにありがたみを感じる自分がいるなと実感。

昨日3年かけて旅をしている女の子に会いました。
いまちょうど1年くらいで、エジプトよりスーダン入りしたそうです。
いわゆるバッパーってやつですね。
私もバックパックを担いでする一人旅が大好きで一年アフリカを周ったり時間を見つけてはアジアへ行ったりしました。
本当に楽しくて、見るもの全てが刺激的で感動で、毎日が今思っても自分の中で宝物のような日々でした。
価値観のひっくり返った初めての旅(ケニアだったんだけど)は忘れられません。
バック一つで思ったことは、自分の必要なものは全て小さな子のかばんに入っていて、あとは旅を続けられる健康な自分がいたらそれで充分って事。
なんか人生にそんなに欲張りにならなくてもいいんじゃないかなって。
必要なものはシンプルかなって思った。
その女の子はスーダンはとにかく人が優しいと言ってました。
周りの人が優しく感じるときは、自分が人に優しくできてるときだと思う。
各地の旅の話を楽しそうにしてくれた彼女はきっといい旅を続けてきたんだろうと、これからも続けていくんやろうなぁ。
だから、いい旅をこれからも体に気をつけて続けて行ってね。

メロンパンを却下されたのんちゃんこと向井でした

02:31 | コメント (0) | トラックバック (0)

砂嵐、大雨、往診


空がどんよりとしてきました。

雨雲もありますが、違った雰囲気でもあります。
そのうち、強い風が吹き出しました。

そうです、砂嵐です。

外に出ることもできず、小屋の中に佇むだけです。
目をあけると、砂が目に入ってきます。

静かに目を閉じるだけです。

本当に自然の前では、人間はどうすることもできません。
ひたすら、嵐が通り過ぎるのを待つだけです。

コンピューターが入っているバッグをシーツにくるみ、そして布団でまるめました。
こうしておいても、顆粒状の砂が侵入してきます。

そのうちに、砂嵐が、雷を伴った雨へとかわりました。

雨の降る様子が、ある意味、絶景にみえます。

目の前の小屋が壊されそうです。

向こうの小屋はすでに吹き飛んでいます。

1時間以上降ったでしょうか、雨が小やみになったところで、
村人が来ていました。

急病人がでたとのことです。

5キロほど離れた村ですが、彼は走ってきたといいます。

診療所に薬を取りに行き、車で村へと向かいます。

通常の道を通ろうとすると、雨でぬかるんでおり、危険を感じました。
引き返そうとしますが、車が言うことを聞きません。

スタックしてしまいました。

4輪駆動にし、何度かトライしてみてやっとのこと、脱出しました。

村へのアクセスは、どこもみちがぬかるんでおり、どうしようもないと思っていたら、
村人が、道ではなく畑を通れば大丈夫であるといいます。

それを信じ、4輪駆動で畑の中を突き進みました。

なんとか、村にたどり着きました。

車から降りて、家の中に入るのもまた一苦労です。

靴をはいたままでは、靴が泥にとられてしまいます。
靴を脱ぎ、裸足になって歩きます。

ようやく、患者さんのところにたどり着きました。

患者さんを見終わったあとも、他の村人がうちにも病人がいるので、
診に来てくれと言います。

ただ、夜も更けて、車がまたスタックしたら大変だと考え、
明日、来てくれと言って立ち去りました。

これから、雨季です。ちょっと例年より早いですが。

村の人たちは大変だと思いますが、患者さんの運搬体制など考えなければいけません。

川原尚行

13:09 | コメント (0) | トラックバック (0)

山陰地方での出会い


昨年、山陰地方に出かけました。

ある医師の方に会うためです。
彼は、立派に地域医療を実践してこられていました。

その証拠に、偶然、夕食の店で一緒だった患者さんのご主人をみて、そう思いました。
その奥様は、残念なことに亡くなられてしまったのですが、
ご主人の口ぶりから、そう感じたのです。

「この先生に、俺の家内を殺されたよ」
と笑って言っています。

もちろん、相当量のお酒が入ってのことですが。

その医師が近い将来、アフリカで働きたいという夢を持っていることに、
「俺たちを置いて、アフリカに行くのか!」
と残念がっていました。

そして我々は大いに飲み、ご主人は私たちにお酒をごちそうしてくれました。

医師と患者さん、そのご家族とのとても素晴らしい関係をそこに見ました。
人と人との関係、そこの店の雰囲気、山陰地方が醸し出す情緒に私は酔いしれました。

スーダンに戻りしばらくして、そのご主人が病気になったとの知らせがありました。
私は、霜田君の結婚式の出席のために帰国しますが、山陰までご主人をお見舞いにいくことにします。

今度は、お酒は一緒に飲めないかもしれませんが、その次の帰国くらいのときには、
また前回のように杯を酌み交わしたいと思っています。

川原尚行

00:48 | コメント (127) | トラックバック (0)

村のごみ対策


前回、村人たちと話し合いをしたゴミ問題について、
ロシナンテスが手押し車を購入し、村人がそれを使ってゴミ処理をすると決まりました。

手押し車を7台購入しました。ちなみに一台は3千5百円でした。
日本では、いくらするのでしょうか?

ついでに、ペンキも購入し、矢野先生、向井さん、野口さんと私とで
ロシナンテスの名前を記入しました。

もう一つのサイドには自由書くことにしましたが、
野口さんは、いきなりロバと書き、まあロシナンテスはロバみたいなものだから
と思っていたら、次に「ラクダ」と書き、筆を取り上げました。

私は「JAPAN」とそれに地元の「小倉」を書きました。

最後に、番号をつけ、担当者を決めて、配布しました。

手押し車でごみ出しを行い、村から離れたところに行って燃やすというシステムです。

アフリカでのゴミ処理は、特に地方レベルでは、全くなされていないのが現状で
自分たちの手で、どう処理を行っていけるのか楽しみです。

次回、またゴミ処理がどのようになっているのか報告します。

川原尚行

23:22 | コメント (0) | トラックバック (0)

前略、高木君


久しぶりのメール、ありがとうございます。

まずは、医師国家試験合格おめでとうございます。

そして、慶応病院での研修は大変なことだと思いますが、頑張ってください。

君と出会ったのは、2年前の春でしたね。
元気の良い3人組でスーダンに来られましたね。

あの頃は、私はガランナハルにいましたね。

3人ともラグビー、サッカー、バスケットとそれぞれ学生時代にスポーツに関わり、
素晴らしい学生生活を送ったようですね。

そして、スーダンでも明るく、スーダンの人々と過ごしましたね。

無事日本に帰りついたと思いきや、君だけはドバイ空港で2人においてけぼりをくらい、
日本に帰るのが一日遅れましたね。

君がトイレに行っている時に、2人が君の搭乗券を持ち、飛行機に乗ってしまい、
あとで、飛行機に乗り込もうとした君が乗れなかったのですね。

そして、そのまま君が飛行機に乗り遅れたように、君一人国家試験に落ちてしまいましたね。

あれから2年たち、ようやく国家試験に合格したとのメールをもらい、私も嬉しかったです。

昨年、東京で会った時に、君の瞳は輝いていましたよ。
その瞳があれば、今後も大丈夫だと確信しました。

人生、挫折も必要です。

君は有名私立高校から大学医学部へストレートに合格し、それから躓いてしまいましたね。

私も挫折の連続です。

でも、挫折があってこそ、そのあとの歩む道に幅ができるものと思います。

ある意味、勝ち続けていく人生は、どこかで何かを失くしていく、あるいは見失っていくものかもしれません。

その意味では、君は大変良い体験をしたのだと思います。
君のその大きな体のように、君の将来は大きく羽ばたくものと信じています。

どうぞ、慶応病院で医師としてそして、外科道を修練してください。
東京でまた会いましょう。

川原尚行

16:55 | コメント (0) | トラックバック (0)

国勢調査


先週行われる予定だった国勢調査が本日になりました。

朝の6時から夕方の6時までの12時間が、その調査に当てられ
国民はその間、移動が禁止されています。

朝から車が全く走ってなく、静かな一日です。

しかし、肝心の調査のほうは待てど暮らせど来ませんでした。

3人のローカルスタッフに聞いたところ、1人のところしか調査が来なかったそうです。
うちもいれて、4軒に1軒の割合で25%での調査です。

周囲のスーダン人は、今日やっとスタートしたのだから、数日はかかるだろうとのことです。
ただ、人々は動きますし、何のために人の移動を禁止したのかわからなくなります。

まあ、こうして、静かな一日が過ぎ去りました。

現在我々の活動を手伝ってくれている看護師の野口さんですが、
彼女は、今日の静かな町の様子を見に行きたいと外に出て行きました。

1時間くらいたったでしょうか、まだもどってきません。
電話をすると、どうやら道に迷っているようです。

「保健省を背にして左側に道なりに行けば、事務所近くになるから」
と言ったのですが、
なかなか戻ってきません。

次に電話すると
「ラクシャにのったけど・・・」
「病院に行ってもらって」

で、ようやく彼女を救出できました。

そして、彼女から話を聞くと、保健省を背にしての部分を聞き逃し、
保健省を右に行ったとのことです。

それでは、全く反対方向ですから、こちらに着くわけはありません。

でも、そこからが彼女の大冒険になったようです。

スーダン人の男性から
「水を飲んで行けよ」
と言われ、彼の家に行ったそうです。
ペットボトルの水をくれたそうです。

その後、また彷徨っていると、
ラクシャ(タクシー)の男性から
「乗ってけよ」
「お金持ってないから」
「でもいいよ」
ということで、ラクシャに乗って近くの病院にたどり着きました。
そして、
「お金ないんだろ!じゃあこれでも持って行けよ」と
1ポンドくれたそうです。

そして、彼女は戻ってきて、
「楽しかった」
とのことです。

これは、スーダンだからこそできることで、決して他の国では男性に声をかけられて、
その人の家に行ったり、車に乗ったりしてはいけません。

スーダン人からお金を恵んでもらった数少ない野口さんでした。

川原尚行

23:18 | コメント (0) | トラックバック (0)

新診療体制


ヘルス・アシスタントのムスタファが亡くなって、1月半経ちました。

新しい診療体制を作ろうと懸命に苦労しました。

まずは、新規のヘルスアシスタンスを雇用するために、保健省に交渉に行きました。
保健省から時間がかかりましたが、ある人を紹介してもらいました。

そして、彼を雇用していたのですが、彼の奥さんが脳出血で倒れ、彼が診療所に来れなくなりました。

次に、知人を通じて別の人を雇用しました。
ただ彼は、別の診療所に籍を置いており、本人の希望では私たちと一緒に仕事がしたいようなのですが、別の診療所の地域の人たちが後任もいない状態では、困るということで、彼は1週間もたたないうちに、うちとは契約できないことが判明しました。

彼は、最後まであきらめないようで、彼自身で保健省と交渉をしていましたが、
だめなようです。

そして、別の人を保健省が紹介してくれました。
とにかく人が欲しい状態ですので、彼を伴って診療所に向かいました。

そうすると、最初の彼(奥さんが倒れた人)が、突然現れ、仕事がしたいとのことです。
こちらは、何度も電話連絡を試みましたが、彼の電話が壊れていて、
連絡がつきませんでした。

というわけで、昨日から2人のヘルス・アシスタントの体制になっています。

これから、徐々に彼らともコミュニケーションを深めていき、ともに良い仕事をしていきたいです。

川原尚行

17:02 | コメント (0) | トラックバック (0)

のんちゃん


向井信子さん、看護師さんでロシナンテスを支えてくれております。

さて、「のんちゃん」と我々は彼女のことを呼びますが、
のんちゃんは、いつも穏やかな雰囲気を作ってくれます。

先日、車の上にある荷台に荷物を乗せて、ロープを使って固定していて、
ロープが長すぎるために、切ろうと思い、
「のんちゃん、ハサミもってきて」
「はーい」
と元気の良い返事。

そして、持ってきたのは、
私のひげそり用の小さなハサミでした。

私が外にいて、何をしているのか分かっていると思っていたのですが。

その次、
スーダンにいる大先輩の日本人女性に向かって
その女性がとっても肌がきれいなことをほめようと思って

「全然お焼けになっていませんね」

と言おうと思ったのが、口に出たのが

「全然おやせになっていませんね」

言われた当人も
「ええ、全然おやせになっていません」

世の女性を知っているので、私は笑いが止まりませんでした。

私がスタッフに「日本から買ってきて欲しいものは?」
というと、のんちゃんは
「メロンパン!」
私は、却下しました。

ロシナンテスも初心にかえって、「あまり贅沢に走らないように、地道に生活をしていこう」
と思っていた矢先でしたから。

のんちゃんも、「ここにあるものを美味しくいただく」
と理解してくれました。

村のキスラ(ちょっと酸っぱい)にも慣れてくださいね。

川原尚行

03:09 | コメント (344) | トラックバック (0)

霜田君の帰国


ドゥエイムできれいな朝日を見あた後、
急ぎ、カルトゥムにもどってきました。

霜田君は、今日の午後の便で帰国の途に着きます。

これまでの仕事が忙しかったため、帰国の準備ができていなかったようです。

荷物のしたくができると、

「あっ!ひげをそらないと!」

奥様はひげのない霜田君が好きなようです。
でも、霜田君はひげそりを持っていなかったようです。

私のひげそりを持ってきて使っていいですか?
という。

もちろん、替え刃をさせ、そしてその替え刃を捨てました。

きれいな顔になり、こざっぱりとした服装になり、いそいそと空港へと向かいました。

無事、旅立ったようです。

その後、ものすごい砂嵐が吹きあれ、後続便は欠航になったものと思われます。
霜田君はここにきて、強運を発揮しているようです。

結婚式までの準備が2週間です。

スーダンで一生懸命にダイエットをして、格好良くなった霜田君が結婚式で
どんな幸せな顔をするのか、楽しみです。

川原尚行

追伸:明日、我が母校は、長崎南山高校との練習試合です。

13:52 | コメント (0) | トラックバック (0)

モハメド・ラビアの結婚


昨日はモハメドとラビアの結婚式がありました。

カルトゥムから200キロ南に行き、そこで白ナイルをフェリーで渡った
ドゥエイムという町で式は行われました。

そこは、新婦のラビアの故郷です。

以前、日本が米作を行おうと計画したところでもあります。
これは、実現できずに今に至っています。

さて、フェリーに乗るのに、大変時間がかかりました。
2台のフェリーが交互に渡しを行っているのですが、多くの車がいるために、
1時間以上待ったでしょうか。

待たされていると、新郎のモハメドがこちらにやってきました。
今、自分の故郷であるオベイドからやってきたところだそうです。

新郎がこんなにのんびりしていてもよいのか不安でしたが、
まあ、ここはスーダンです。

やっとのことで、向こう岸にわたり、式場へと向かいました。
式場は、ラビアの実家です。

そこに天幕を張り、いすを並べています。

ここは、イスラムですので男女が完全に別れて列席します。

モハメドは普段着のままです。

何が行われるのか、わからないままでした.
両家の挨拶(男の関係者のみ)が終わり、両家の代表が契約書のようなものに
サインをしています。

これが、婚姻届なのでしょうか。

それがすむと、鼓笛隊が演奏をはじめ、
皆が口々に
「マグループ(おめでとう)」
といって、片手を挙げ、指パッチんを連発して新郎を祝福します。

そして、食事が振舞われ、第1部が終了しました。

新婦のラビアの到着はまだのようです。

この第一部が終了したのは、夕方でした。
新婦が来る、第2部が始まると言われ、延々と待たされました。

そのうちに日はくれ、モハメドもどこかに姿を隠しました。
私たちも「ここはスーダン」とわりきり、ひたすらに待ちました。

そして夜の10時半です。クラクションを陽気に鳴らしながら、新婚用にデコレートされた車で
2人が登場しました。

半分、眠りかけていましたが、正装をした2人を見ると目がさめました。

2人に「おめでとう」と声をかけ、写真を一緒にとりました。
ラビアは、本当にきれいで幸せそうでした。
モハメドもきまっています。
幸せな2人を見ると、こちらまで幸せになってきます。


そして、歌と踊りで再び盛り上がりました。

こちらは、もうふらふらの状態です。

そして、宴が終わり2人が去りました。

どこに寝るのやら、と途方にくれていると、
晩飯の準備ができたとのこと、もう深夜1時過ぎです。

気力を振り絞って、夕食を食べ、寝床に案内され(近所の家です)、
気を失うように寝付きました。

今までいろんな結婚式に出ましたが、ここまで近しい人たちの結婚式に出るのは初めてで、
それも初めから最後まで付き合い、大変疲れましたが、印象深いものでした。

バージンロードは、赤の絨毯でなく、ゴザがしかれ、派手な音楽でなく、
太鼓をならしての踊りは、素朴であり、また魅力的でした。

結婚式自体に二人の純粋な気持ちが現れていました。

そして、カルトゥムにもどり、今度は霜田君が結婚のための帰国の準備を行い、
夕方に、奥様の待つ日本へと旅立っていきました。

霜田君の笑顔もまた素晴らしいものでした。

私は、明日から診療に向かい、その後月末に霜田君の後を追っかけて、帰国し
仲人を務めます。

私はモハメドとラビアから幸せの欠片をもらいました。
私自身も、いろんな人に幸せの欠片を渡していきたいです。

川原尚行

22:42 | コメント (0) | トラックバック (0)

心の震え


ダルフールに関して、いろんな方から話を聞いています。

「ダルフールで援助をすることは、乾いた砂に水をかけるようなもので、
お前の努力は全て無駄になる」

「臆病者だな、今ダルフールに行かないと、ダルフールの人々は悲惨な状態から立ち上がれない。
裏のない日本だからこそ、日本人であるおまえがダルフールに行くべきだ!」

「ダルフールに行って、真実を伝えてほしい」

「今の治安の悪い状態で行っても、火傷をするだけだ!」

どれもスーダン人の声です。

ドンキホーテみたいに、勇気を出して、風車に立ち向かっていくのか、
あるいは、立ち止まることも必要であると、今は断念するのか。

心は震えています。

首都のカルトゥムでは、「ダルフールはどこ?」といった感じで
ものすごい勢いで開発が進んでいます。

川原尚行


15:22 | コメント (0) | トラックバック (0)

モハメド・ラビアの結婚式


明日は、ロシナンテスのスタッフの結婚式です。

カルトゥムから車で3時間くらい離れたドゥエイムという場所であります。

ロシナンテスで始めて雇用したスーダン人はラビアという女性です。
彼女は、英語はあまり上手ではありませんが、頭のシャープな女性で、
こちらの言うことを理解しようとし、コミュニケーションもかなり上手になりました。

彼女が、「私の彼氏は職がないので雇ってください」
と、紹介してくれたがモハメドです。

彼は、自分の兄弟のために、働きに出かけ、仕送りを続け、
その後に自分が大学を卒業した苦労人です。

そのあと、よい仕事もないままに過ごしていたようです。

彼は、日本人の考え方をよく理解し、そして一生懸命に働いてくれます。
休日でも、夜でも文句ひとつ言わずに、働いてくれます。

村に入っても、「重要なのは教育だ」と率先して村人に語りかけます。
そして、何より実行力を伴っています。

私にとって理想のスーダン人カップルがいよいよ明日、結婚します。

私自身、とても嬉しいです。

そして、その翌日に日本で結婚を控えている霜田くんが日本に帰ります。

岩間さんの退院、モハメド・ラビアの結婚、霜田くんの結婚と慶事が続きます。

彼らのためにも、私が頑張らねばと気合を入れているところです。

川原尚行

22:58 | コメント (0) | トラックバック (0)

ダルフール


ダルフールで働いている国連職員の方が、いまロシナンテス事務所に来ています。

ダルフール情勢は、どうも悪化しているようです。

スーダンを語るにあたって、ダルフールは避けて通れない問題です。

今後、ロシナンテスがダルフールにどう関わっていくかも頭の中に入れないといけません。

もちろん、治安が不安定な中で活動をすることは困難ですし、行いたくありません。
それに、現在のロシナンテスの力のみでは、ダルフールで活動する体力もまだできていません。

いずれ行くことがあるのでしょうか?
答えは出ていません。

息子の高校ラグビー部の春の大会の組み合わせが決定したようです。
順当に行くと、初戦が東筑、次が明善、そして準決勝で昨年全国制覇をした東福岡になるようです。
創立100周年の今年、東福岡にぜひとも勝って欲しいです。

川原尚行

00:58 | コメント (0) | トラックバック (0)

国勢調査


4月15日はスーダンの国勢調査の日です。
そして、全国的に休日になる予定でした。

首都のカルトゥムに用事があるので、診療所から昨日戻ってきました。
本来なら15日に移動しようと思ったのですが、国勢調査が予定されているために
ガダーレフ州から出られない、人の移動が禁止されているというお達しがでたために、
急ぎ戻ってきました。

しかし、朝になってロシナンテスのローカルスタッフが事務所にやってきました。
「今日の国勢調査は中止で、普通に仕事があります」

南部の人たちの合意が得られなかったために、国勢調査が来週に延期になったようです。

こんなことなら、診療所にいればよかったのですが、後の祭りです。

しかしどんな国勢調査が行われるのか、興味があるところです。
来週に報告できるとよいのですが。

川原尚行

19:23 | コメント (0) | トラックバック (0)

妊婦検診と村の寄り合い


今日は、第一回目の妊婦検診をしました。
事前の住民調査で40名の妊婦がある村を対象としました。
救急車の放送を使って、村中を回り、ほぼ全員の妊婦が検診に来ました。
助産師は、近くの病院から借り出してきました。
第一回目ですので、段取りがうまくできてなく、検診に来た人にも、応援に来てくれた助産師の方にも迷惑をかけたと思います。
これを週2回の割合で、周辺の村々の妊婦に対して行う予定です。
いかにして継続していくか、この経過をよく反映させるように努力が必要です。

昼の仕事を終えて、ハサンの家にいくと、3,4歳の2人の息子さん(モハメド、アユーブ)が何やら服をめくっています。
よく見るとおちんちんが剥けており、周囲に血液が付いています。そうです、今日彼らは割礼を受けたのです。そして、羊が屠られたそうです。
男子のほうは、特に問題はないのですが、ここでは女子の割礼も行われています。これは女性にとっての一大問題であります。
ただ、やみくもに止めろとは言わずに、徐々に改善していければと思っています。ターゲットは今の子供たちでしょう。教育が大事です。

夜に再び、村の主要メンバーを集めて会議をしました。
水タンク購入に、いくらかかるかを提示しました。
みな、もうすでに知っていたようですが、正式に発表しました。全てをロシナンテスで賄うことはせずに、村の人たちにも協力して水タンクを購入したい旨、再度話すと、彼らも了承してくれました。さて、村人が話し合い、これぐらいしか集めることができませんが、と金額を言ってきました。
だいたいのこちらの予想通りの額で、では、残りはロシナンテスが支払いましょうとなりました。

次の話題は、学校に関することです。机や椅子がなく、地べたに座って授業を受けています。そこで、机と椅子の購入を、さらに、学校にはトイレがなく(ほとんどの家庭にトイレがないのですが)、生徒用にトイレの設置を計画しています。
この予算をどこから持ってくるのかは、ロシナンテスの力加減ですが、これも村人と共に計画を作っていきたいと考えています。その計画書を作成しようとしています。

最後に、ゴミ問題を話しました。
これは、この村だけではなく、スーダン全体あるいはアフリカもしくはその他の地域でも重要な問題だと思います。
ここでは、ゴミ捨ては外に投げ捨てることです。
今までは、自然が何とかしてきたのでしょうが、今の時代、ゴミが有害になることも多々あります。
村人がどう考えているのか知りたく、ゴミに関して質問しましたが、
みなゴミは有害であると認識しており、村の中でもゴミをなくしていこうという考えがあることが分かりました。
どうすればよいかを、村の人たちに考えてもらい、村を8つのグループにわけ、それぞれリーダーを決め、そしてクリーン作戦をやろうとやりました。
掃除の道具は、ロシナンテスから村への寄贈とすることにしました。すんなりとうまくはいかないでしょうが、まずは実践と行きましょうかね。

村人が口々に言っていたことは、この村をモデルケースにしようということです。
本当にそうなれば、素晴らしいですね。

川原尚行


21:12 | コメント (0) | トラックバック (0)

週休2日制


スーダンでは、今年に入ってから週休2日制になっています。

以前は休みは金曜日だけでした。役所があいている時間は、9時から2時まででした。

今年から平日の勤務時間は9時から4時半までで、土曜日も休みになりました。

ちなみに、南部スーダンでは土日が休みです。

今日は、土曜日で久しぶりにゆっくりとしました。
でも、コンピューターに向かってコツコツと事務仕事をこなしました。

年度末、年度初めは忙しいものですね。

さて、高校に入学した我が息子、
ラグビー部の初試合がありました。
相手は、花園の常連校の佐賀工業でした。

1軍では、7-20で負けたそうですが、1,2年生だけの試合では12-0で勝ったそうです。
息子も両方の試合に出場し、勝った試合ではトライを挙げたようです。

これから、春の県大会予選、そして九州大会に向けて毎週試合が組まれているようです。
頑張ってほしいものです。

川原尚行

02:09 | コメント (0) | トラックバック (0)

ガダーレフ水事情


向井さん、霜田君、卓球大会頑張りましたね。
霜田君の最後のヘタリは、結婚式を控えた減量のせいでしょうか?

次回は、私もぜひ卓球大会に参戦したいと思います。

そして我々の最終兵器である岩間さんが退院したとのグッド・ニュースが入りました。
今しばらくは岩間さんの故郷である旭川で静養願うと致しましょう。

これから、ロシナンテスの逆襲が始まりますよ。

さて、現在我々は、ガダーレフの事務所にいます。
本当は村に滞在したいのですが、なにせ電気がないところなので、事務作業がほとんどできません。
そのために、ガダーレフ事務所で事務作業をしています。

この事務所の泣き所は水です。

ガダーレフ全体で水道システムがあるのですが、水が出るのは
隔日の朝2時間程度です。
それも、きちんと隔日であることはなく、昨日、本日と水が出ませんでした。

そのため、今日は朝からロバ水(ロバに水を運ばせて売っています)を探しに行きました。

街中で見つけ、事務所まで来てもらいました。

水売りの若い男性とともに水の運び出し作業をしました。

それで、なんとかドラム缶2つの水を確保しました。

ここでは、本当に水に苦労させられます。

ちなみに、カルトゥムではナイル川からの水がふんだんにあり、
水で困ったことは、ほとんどありません。

洗濯やシャワーでは水はふんだんに使えます。

でも、どこに行っても水は貴重なもの、
日本でさえも、水は大事に使いたいですね。

川原尚行

01:29 | コメント (0) | トラックバック (0)

卓球大会その2


あ、題名間違えました。
本当はスーダンの日本大使館で行われた安全対策会議にロシナンテスより参加させて頂きました。
そのオプションとして卓球大会があったわけです。
で、それのご褒美、、じゃなかった親睦をこめて食事会もありました。
私のコメントはいつも食べ物か卓球かどちらかですが、きちんと仕事もしていますのであしからず。

カルツームはまだまだ他のアフリカの首都と比べても治安がいいように思います。
人もとても温かいし、でも実際国の情勢が不安定なのは確か。
まずは安全第一に活動していきたいです。

、、でお待ちかねの(誰も待ってませんか)卓球の結果ですが、今回は霜田さんとのダブルス。
色違いのロシナンテスTシャツで、打倒大使館!打倒JICA!!を掲げて挑みました。

一回戦二回戦とも、順調に勝ちました。
そして準決勝、順調に決めていた霜田さんがばてている。。

私たちの夏が終わり、3位決定戦ではもちろん勝ちました。
はじめてのダブルスのわりには上手く出来たと思います。
楽しかったです。霜田さん、企画していただいた大使館の方、どうもありがとうございました。

ちなみに優勝はJICAチームでした。

すこし、活動の話を書きます。
こないだ生後4ヶ月の子供をつれ母親が診療所に来ました。ミルクを飲まないという母親の訴えに対し、よく観察すると、出ないのは母親のお乳でした。
ORS(栄養ドリンク;粉を水に溶かして子供に与える)を飲ませてみると元気いっぱいに飲みます。

提案として、近所や姉妹でお乳の出る人がいたら分けてもらってと母親に促すも、母親は『お乳の出る人は周りにいない』の一点張り。
村では子供がたくさんおり、お乳を飲ませてる母親はたくさんいるはず。

でも、こんなに頑なに拒否するということは、もしかしたらお乳が出ないことは恥じることでそれを周りに悟られたり、夫に悟られるのは辛いことなのかなって、思いました。
女の人は男の人のいる前であまり本心を話してはくれません。

途上国や、水事情の悪いこの村でも粉ミルクは使えません。清潔な水でミルクを作らなければ意味がないし、そんな方法は村の女の人は知りません。

色んな問題にいつもぶち当たります。どうしようもないことや、日本では考えられない医療現場を見ます。
私には比べれる日本の医療現場と少しの経験があるけど、ここの人はこれを当たり前として育ちました。
私は全く偉くないし、日本での看護の経験もまだまだです。
だから、彼らと同じ目線で、ここにある物資と使えるもの、そして振り絞ったアイデアで前よりもほんの少しでいいから良くなったねって言ってもらえるような医療のアドバイスができたらと思います。出来る目の前のことを少しずつやっていって、いつか振り返ったとき、何かが変わってますように。

もう少しこの地で頑張りたいです。

向井

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証明書


現在、スーダンでの母子保健プロジェクトを推進するために
日本から矢野和美医師と野口洋美看護師がスーダンに来ています。

さて、矢野先生のスーダンでの医師免許を取得するために、先生の日本での医師免許証、
それに大学の卒業証明書が必要になりました。

しかも、原本が必要です。

私が医師免許をこちらで取得したときには、コピーで問題なかったのですが、
年々、厳しくなっているようです。

私が一時帰国した際に、日本事務局から原本を手渡されました。

そして、私はなんとそれを日本に置き忘れてしまいました。

運の良いことに、それに気がついたその数時間後に野口さんが日本を出発して、スーダンに旅立つ予定だったのです。

まずは、家にあった忘れた書類を私の父と、息子に捜してもらい、
それを急ぎ、福岡空港に持って行ってもらうことにしました。

野口さんとは、携帯電話でなかなか通じませんでしたが、なんとか空港で手渡すことができました。

我が息子いわく
「父は、いつもこんな調子で申し訳ございません、
スーダンでもご迷惑をおかけすると思いますが、よろしくお願いいたします」
と、野口さん言ったそうです。

出来の悪い父親からは、出来の良い子供ができるものですね。

そして、間一髪で間に合った原本がスーダンにやってきました。

それを霜田君がスーダン当局に持って行くと、

「これが原本かどうかの証明が欲しい」

と言われました。

機転を利かした霜田君がこれをもって日本大使館へと向かいました。
そこで、「これが本物であるか証明してください」

「わかりました。日本に問い合わせてみます」

そして、スーダンにある日本大使館から外務省そして大学当局といって、これが原本であるとの証明がなされました。

その書類を持って、霜田君がスーダン当局に向かうと

「このスタンプは、大使館のものではない可能性がある」
と言われたようです。

スーダン政府の対応にいつも驚かされますが、これにはさすがにまいりました。
これでは、何事も一歩も進みません!

しかし、霜田君の粘り強い交渉により、何とか認めてもらい、
やっとのことで受理になりました。

スーダンでのNGO活動にある一面でした。

14:17 | コメント (0) | トラックバック (0)

リファンドを勝ち取ったハフィーダ


昨年、救急車を引き取る際にいろいろとたいへんだったことは、
以前のブログでも書きました。

宛先が、地方政府だったので、地方政府が中央政府に対して税金を納めなくてはなりませんでした。

これが、ロシナンテス宛だと、別だったのですが。

もちろん、地方政府は税金を中央政府に支払うのを躊躇していました。

こちらとしては、外務省との引き取りの期限もあり、一刻の猶予もない時だったので、
州政府に掛け合い、口約束で
「ロシナンテスが一時支払いを行うが、あとで必ず州政府から返してください」
と約束しました。

こういう場合、ほとんど無視され、ロシナンテスにはお金が戻らないと思っていました。

しかし、わが優秀なローカルスタッフのハフィーダが粘り強く、地方政府と交渉を重ねてくれ、
ついに、州政府からロシナンテスへ換金されることになりました。

その額、約50万円です。

ハフィーダは、2月の終わりに彼女の婚約者であるムスタファを交通事故で亡くし、
1か月くらいは寝込んだのでしょうか、

しかし、こういうことは時が解決してくれるもので、
徐々に元気になっていき、仕事を精力的にこなしてくれています。

今回の仕事は彼女の力なくしては、できなったと思います。
彼女はムスタファの死を乗り越え、昇華していったのでしょう。

私は、バイタリティあふれる彼女が大好きです。

今では、ハフィーダは亡くなったムスタファの写真が欲しいというようにまでなりました。
当初は、こちらが写真を見せるのも、躊躇われるほどに落ち込んでいたのですが。

週末は、ムスタファの写真集作りに精を出すことにしましょう。

川原尚行

13:34 | コメント (0) | トラックバック (0)

村人との寄合い


村に、井戸があります。

水をくみ上げてタンクに貯めて、給水するシステムです。
そのタンクが老朽化して水漏れが激しく、全く貯水することができません。

そこで、新しく貯水タンクを設置しようと試みています。
まず村人とのミーティングを持つことにしました。

いつもは、村の代表者であるハサンに頼んで村人を集めてもらっていますが、
今日は救急車にある放送システムを使って、村人に直接訴えることにしました。

村のロシナンテス・スタッフであるファティラハマーンに運転と放送を行ってもらいました。
私は助手席で村人に手と笑顔を振りまきました。

雨の降る中でしたが、多くの村人が集まってきました。

いつもは、村のコミッティーメンバー(運営委員会)で話し合いを行うのですが、
今日は一般参加を受け付けました。数十人に村人が集まりました。

そこで、貯水タンクを新規に建設したいが、ロシナンテス単独では行いたくない旨説明し、
村人との協力を要請しました。

村人から少額でも資金を集めて、ロシナンテスと村人との共同作業を行いたいと考えました。

村人から「それは当然だ」との意見が全員一致で決まりました。

明後日に村の代表者数名と州政府にある水管理事務局にその旨を話に行きます。

このような会議を持ち、村人の息吹を感じることができました。

難を言えば、私は英語でしか、このような場で英語しか話すことができないことです。

アラビア語をもっと勉強しましょうかね。

川原尚行


19:41 | コメント (0) | トラックバック (0)

雨そして砂嵐


昨日、診療所に向かう途中のことです。

雨雲が空に広がっているところが見えます。
360度見渡せますので、どこに雨が降っているのかがはっきりとわかります。

スーダンでは、毎日が晴天ですので、雲が出てきたり、雨が降り出すと
「良い天気」
となります。

そして、雨の中を走行しだしました。

日本から看護師さんの野口さんがスーダンに来られました。
雨が降ってきたこともあり
「野口さんは、幸運の女神だね」
と話していました。

そのうちに、雨雲でもない、地上から湧きたつ茶色の雲のようなものが広がっていました。
砂嵐です。

車の中でそこの中に入ると、とたんに世界がセピア色にかわり、砂のにおいが広がります。
車の中にいるからまだ良いようなものの、外にいるとそれは大変な目にあうでしょう。

診療所につき、そこで働いていた向井さんは、砂にまみれた髪の毛で、
「砂嵐は壮絶でした」
とのこと。

でも、そのあとに広がった夕焼けは本当にきれいでした。

アフリカの自然の驚異を感じると同時にそこに含まれる美しさも感じました。

川原尚行

12:46 | コメント (0) | トラックバック (0)

住民基本調査


今、日本から矢野和美先生、野口洋美看護師がスーダンに来られて、
母子保健プロジェクトをおこなっています。

これは、JICAのサポートによるものです。

それに先立ち、住民基本調査を行うことになりました。
これは、矢野先生の提案でもあります。

私は、この調査の意味を頭では理解していたものの、どのように施行していくのか見当もつきませんでした。

そこは、矢野先生の恐るべきパワーで村人を短期間で調査員にしたてあげました。
ローカルスタッフのモハメドの尽力もたいへんなものです。
向井信子看護師そして短期研修に来ていた北九州大学の福元麻美さんの助力もありました。

何度も会議を行い、模擬調査を行い、村人の教育を行いました。

そこで、驚くほど村人が積極的に質問が出て、この調査に前向きな様子でした。
そして、炎天下の中、調査は行われました。

実は私は残念ながら、この調査には参加できませんでした。

岩間さんの緊急移送で日本へ行っていたためです。

私は、昨夜調査結果の用紙をみて、自分が参加できなかったことを悔やみました。
そこには、単純な数字が並んでいますが、みんなの汗のにおいも感じました。

今回は不運が重なり、私自身の参加が不可能でしたが、これが次回につなげられるように、
そして母子保健プロジェクトのためにも、頑張っていきます。

調査結果が分かり次第、みなさまにもお伝えできればと考えています。

川原尚行

昨夜は、何リットルの汗をかいたことでしょうか?


13:15 | コメント (0) | トラックバック (0)

暑いです


とにかく、暑いです。
今日の気温は46度まで上昇しました。

昨日から停電で扇風機は動きません。
素直に外に寝ればよかったのですが、疲れ果ててそのまま横になってしまいました。

気がつけば、汗の海状態でしたが、そのまま放っておきました。
そうです、感想が激しいのですぐに乾きます。

若干、朝になり涼しくなったのですが、それにしても暑い暑い夜でした。

事務所のカギが、うまく合わなかったり、他の人が持っていっていたりして、
何度となく、塀を乗り越えました。
私だけでなく、女性陣も果敢に塀を乗り越えていきました。

こんなことは安全対策上よくないのですが、ここはスーダン。
こんなこともあるさ、と落ち着いてみようと試みています。

ある人が言いました。(自転車で世界一周したやつ)
「アフリカは自然が厳しい分、運命に対して従順になれる」
「ヨーロッパに行けば、確かに穏やかな気候であるが、どこにいっても人間の手が入っており、アフリカの自然を知っている自分としては、ヨーロッパの自然は人工美であるような気がする」

とにかく、暑いです。

川原尚行

23:35 | コメント (0) | トラックバック (0)

コメント掲載に関し


いつも、ロシナンテスを応援してくださってありがとうございます。

さて、ブログへのコメント掲載に関して、海外からの迷惑コメントが多く、皆様方からの温かいコメントが掲載できなくなってきております。

現在、対策を講じておりますが、コメント掲載が再開できるのを少々お待ちください。

なお、皆様方からの応援は目に見えない形として私も心に受け止め、
コメントが掲載されない状態でも、このブログは掲載していく所存ですので、
どうぞ、よろしくお願い申し上げます。

川原尚行

14:54 | コメント (0) | トラックバック (0)

新年度


昨年末からロシナンテスを襲う黒い影がありました。

スーダンにも来たことのある、私の高校ラグビー部の後輩の外科医の死去

ロシナンテス・スタッフの事故死

私自身の病気

そして岩間さんの病気、日本への緊急移送などです。

私は、4月1日にようやく日本からスーダンへと舞い戻ってきました。
私自身、肉体的、精神的にも疲れ果てていた時期でした。

ちょっと、突っ走りすぎたきらいもありますが、突っ走りすぎて暗闇の中で茫然と立ちすくむ自分の姿も目にしました。

支援してくださる多くの方々がいるのに、自分ではどうしようもない無力感に襲われ、悩みました。

そんなときに、家族がしっかりと私を支えてくれました。
とくに家内は、
「無理することないよ」
「できることだけ、やればいいのよ」
と優しく私に言い続けてくれました。

少し、ガタついた私の肉体と精神ですが、一時的に日本に帰り、家族と接することにより
元に戻ってきました。

新年度のスタートです。

これからは、ロシナンテスから良いニュースを皆様に届けられるように努力してまいります。
今後ともよろしくお願い申し上げます。

川原尚行

14:42 | コメント (0) | トラックバック (0)

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