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国際NGO / NPO法人 ロシナンテス

日本大使視察

さて、昨日夕方にドタバタと運び入れられたトラック2台分の医療機材が、なぜ急遽こちらに来たのでしょう?

それは、本日、日本大使と州知事が診療所を視察するからだったのです。今まで半年に渡って保健省に要求してきましたが、ようやく日本大使視察がきっかけとなって、実現しました。

昨夜は運び入れるだけで、今日の朝早くから、セッティングを行いました。だいたいのところで、私は州知事主催の大使歓迎の食事に誘われていましたので、村を後にしました。

州知事公邸で食事をしたあと、村まで移動です。計7台の車列です。前後を軍人の乗った警護車がサイレンを光らせながら走ります。昔の大使館時代を思い出しました。私が一番長い車列を経験したのは高円宮殿下、妃殿下のタンザニア訪問のときでした。20台を超えていました。

さて、ハサンをはじめ村人が村にある車を全てだし(トラック1台も含む)、村からの分岐点まで出迎えていました。そこで、車を降り、ひとしきり挨拶をした後に、村へと向かいました。

診療所の前には、大勢の村人が綺麗に列を作って歓迎してくれました。先週、小学校で作らせた日の丸とスーダン国旗を手に持った子どもたちも大勢います。

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診療所の前には大きな日の丸とスーダン国旗、酋長のハサンが、強力な指導力で作り上げた歓迎式場が見事に出来上がっていました。

昨日届けられたばかりのベッド、たな、医療器具がきれいにならべてあります。

私が食事に言っている間の3時間くらいの間に診療所の様子が違っています。
診療所の一室は、いつのまにやら母子保健センターになっており、助産婦と栄養士が毎日こうして働いているかのように机の前に並んでいます。そして、これまた私の知らない間に10枚を超えるポスターが貼られています。

また、大使に見せるように、コレラとエイズのために教育ビデオまでがセッティングされ、それを保健省の役人から見せられました。これも常時やっているかのようにです。

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よく機能しているように見せかけるための保健省の涙ぐましい努力ですが、私にとっては興ざめです。

大使には事情をよく説明しましたが。

さて、視察後のスピーチです。感謝の言葉、歓迎の言葉が並びます。日本大使は流暢なアラビア語を使われ、出席した全員から素晴らしい拍手をもらいました。

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スピーチの後、ハサンの家で屠った羊での食事です。主だった村人にも振舞われます。

さて、一行が嵐のように去った後、計ったように雨が降ってきました。降りしきる雨の中、村人がハサンの指導の下、後片付けです。いすから机から全部隣町からの借り物です。

そして、静けさを取り戻した診療所では、患者が多く来ました。またもくもくと診療を続けます。一日限りの教育ビデオ(大使、知事に見せただけで肝心の村人には見せていません)や母子保健センターも去りました。今後、一日限りでない母子保健センターや教育プログラムを保健省に要求はしてきますが、いつになることやら。もちろん、ロシナンテスでも行っていきたいのですが、保健省を巻き込むことを目標にします。

今回の歓迎式典で、最も印象に残ったのは、酋長のハサンでした。彼の統率力には本当に恐れ入りました。

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本当は、もっとうまく表現できれば良いのでしょうが、どうしても言葉足らずになってしまいます。診療所の大使、州知事視察に感動はしたのですが、それよりもっと冷静な自分がいるのに気がつきます。

明日からまた診療です。

川原尚行

更新日時: 2007年07月31日
診療所の備品

今の診療書は、建物は広いのですが、中身はもぬけの殻で一部屋を診療室、一部屋を医薬品保健室、あとの数部屋はがらんどうの状態でした。薬品棚を廃材で作ったりもしていました。

このような事情により半年前から、保健省に診療所の備品の購入をお願いしていました。

酋長のハサンと一緒にガダーレフの保健省、財務省、カルトゥームの保健省など何度となく陳情に回りました。いつも返ってくる答えは、
「もうすぐ」「明日(ブクラ)」でした。
私はいろんな場でこういうことを経験しているので、「いつか、なんとかなるさ」と気軽に考えていました。ハサンのほうが、もたもたしている政府にイラついているような感じでした。

それが急転直下な自体となりました。なんと、保健省が今日の夕方、2台のトラックに載せて診療所の備品を持ってきたのです。(なぜかは、明日お知らせいたします)

村人(男性のみ)総出で、備品の運搬を行いました。仕事をしながらも、村人の顔に笑みが広がります。

さあ、今度は中身の問題です。患者が増えることが予想され、医療スタッフをリクルートする必要があるでしょう。

診療所から始まる新たな村づくりの記念すべき第一歩のような気がします。

川原尚行

更新日時: 2007年07月30日
すごい、じいさん3

金曜日の午前中、ゆっくりすごし、午後から患者を何名か診ました。

もう日も暮れた夜8時ごろです。ハサンが、昨日の老人のところに電話をしてお礼を述べようと言います。もちろん依存はなく、電話をかけます。しかし、老人は調子が悪く、電話口にでません。これは、家族が気を使っているのかもしれません。

しかも、明日には精密検査のために家を出るというので、ハサンは急遽
「見舞いに行こう」
と、9時くらいから車をかっ飛ばし、老人の家へ行きました。

気の利いた私のアシスタントのモハメド君、
「もし、老人が寝ていたら静かに帰ろう」といいます。

幸い、老人はおきていました。

老人は、吸入薬を吸引中でしたが、思ったよりは元気でした。
「スーダン政府のケツは、俺がこれからも蹴っ飛ばしてやるから、安心してなさい」
と老人は言います。
老人は、明朝ハルツームに行き、そのままエジプトで精密検査を受ける予定でした。

まあ、これがスーダンの医療レベルの現状でしょう。
お金のある人は、他の国への医療を受けに行きます。

老人の家を辞して、町の人たちと話しました。
「老人は、政府のケツを蹴っ飛ばすことを生きがいにしてるんだよ。あれが良いリハビリなんだよ」
とのことです。

老人が無事エジプトから帰ってくることを祈りましょう。

川原尚行

更新日時: 2007年07月28日
すごい、じいさん2

さて、車の中、老人は保健省の局長の名前を出し、電話番号を知っているかと私に聞いてきました。
幸い知っていたので、そこへかけると、その老人と局長の間でなにやら話した後、
「保健省へ行け!」
と運転しているハサンに命令を出します。

保健省に到着すると、電話をした局長室へ。
その中には、保健大臣ならびに重要メンバーたちが勢ぞろいしていました。

大臣以下、丁重に老人に挨拶をします。

どうやら、州知事は執務室に戻ってないようで、ここで保健大臣から事の成り行きを詳しく聞く様子です。話を聞いた後、州知事が執務室に戻ったの連絡を受け、保健大臣以下重要メンバーたちを引き連れ、州知事のところへと向かいます。

その車の中
「あの保健大臣は無能だな、それくらいのことで何も出来ないなんて!」
と保健大臣をこき下ろします。

州知事は多分大事な用事があったのでしょうが、都合をつけて老人のために時間を作ったのでしょう。
老人からの話を聞き、「州知事として、事情が良く理解できました」
「州知事が責任を持って、ドクター川原の要求することに対処いたします」
そして、保健大臣に向かって、力づくでも、そのことに対処するようにと指示を出しました。

老人は、私に向かって「これでよいですね」
と微笑んできました。

老人は、この地域の伝統的な酋長で、今でも絶大な力を持っているようです。新しい行政官と伝統的な酋長とのやり取りは、とても興味深いものがありました。

さて、また酋長の家へと向かいます。70キロの道のりです。

家に着くと、老人はへたりこむようにベッドに倒れこみました。州知事との交渉、長距離の移動が応えたのでしょう。さて、薬はないかと探していると、あるはあるは、酸素があり、吸入器もあります。10分ほどで収まりました。

そして、「飯を食っていきなさい!」

ご馳走をいただいた後、別れの挨拶をすると
「何かあったらまた来なさい」と威厳を持って言われた。

私は、この老人の気合、そして優しさに惚れ込んでしまいました。

ことの詳細は、まだまだ面白いのですが、事情が進行形であるために伏せています。
決着がつき次第、ブログに掲載します。

しかし、この老人の進言が果たされるのはいつのことなのでしょうか。

川原尚行

更新日時: 2007年07月27日
すごい、じいさん

事情は詳しくはかけませんが、困った状況になり、その相談にハサバラ村のハサン酋長に紹介され、ある老人をたずねました。

私が訪問したとき、老人は、家の前で椅子に、ただぼんやりと座っていました。
ハサンとともに、あいさつをすると、「まあ朝飯でも食え」と若い者に食事の支度をさせます。

そして、「何用か?」と聞いてきます。
事情を説明すると、
今まで温厚だった表情が一変し、
「そりゃいかん、わしが対処する」
と食事もそこそこに奥に引き上げていきました。

今までは、寝巻き姿でしたが、ビシッと正式なジャラビア姿に着替え、
「さあ州知事のところに行くぞ」
と言います。

家族のものは、「心臓が弱くガダーレフまでの道のりはつらいから辞めてください」そして私に向かって「ドクターからも行かないようにいってください、電話で済ませられるものなら」
と言っていますが、本人は
「電話なんかじゃ詰まらん!」
と、杖で車をたたき、
「ヤッラ!」
と車を出すように言います。

そして、老人、ハサン、私そして私のアシスタントのモハメドが州知事の公舎へと向かいました。

続きは、明日

更新日時: 2007年07月26日
事故死と思われる

車での移動の話。

先日、一人でハルツームから長距離を運転していたときのことです。そのとき、大変疲れており、眠気も感じましたので、道路わきに車を止め、窓を全開にして、足を窓から放り投げて、爆睡しておりました。

いっときして、何者かが、私のそばで話している声で起こされました。たぶん、こんなかんじでしす。

「こいつ、死んでいるのかな?」
「何人だろ?インドネシア人かな、中国人ではなさそうだな」
「あっ!動いた!、死んでなかったんだ」

ということで、私は事故で死んでいる人がいるとの通報があったそうです。
確かに、運転席側は霜田君の事故のおかげで、へっこんでいますし、一見事故のようにも見受けられます。

ということで、警官2人に
「生きているよ」
「そして、私は日本人だよ」
と言って、立ち去りました。

川原尚行

更新日時: 2007年07月24日
乗り合いバス

今日は、朝早くにハサバッラ村を出発、約500キロはなれたハルツームへと向かいます。

途中、村人がどんどんと乗ってきます。

ある人は、農作業へ、ある人は、市場へと向かいます。

まったく乗り合いバス状態です。
車がいっぱいになると、あとに道で手を上げている人には、「ごめんなさい」と手で合図をしながら進みます。

村人の中には、車のドアの開け閉めができない人もいます。そのために、私が運転席から降りて、ドアの開閉をします。村人はVIP待遇です。

今、乗っている車は、ランドクルーザーですが、このときばかりはピックアップの方が良かったと感じます。なにせ、乗降は自由ですから。

通常、安全対策上は決してこのようなことはしてはいけないのでしょうが、危ない目にあったことは一度もありません。ちなみに、ハルツームでは、このヒッチハイクは行いません。

川原尚行

更新日時: 2007年07月23日
金曜日の一日

昨日、金曜日はイスラムでの休日。

朝から、診療所の掃除と医薬品の整理をアシスタントのモハメド君としました。
途中、急患を診ながらでしたので、思ったよりは進みませんでした。

このときに出たごみは、ドラム缶で焼却。
アフリカの大地での、ごみ処分も考えれば考えるほど頭が痛いものです。
日本のように考えれば、高温焼却でダイオキシンが出ないようにするのでしょうが、こちらではどうしようもありません。
こちらの人は、何も考えることなく、ポイポイとごみをそのまま捨てています。
そのために、汚くなるばかりです。
どうすればよいのか、思案中。
何か良い案があれば、教えてください。

医療廃棄物に関しては、現在大きな廃棄用の穴を掘り、コンクリートで固める作業をしています。
完成すれば、その中に捨てようと考えています。

さて、掃除が終わると、村人の結婚式へ。
簡単なもので、食事をよばれるだけです。
新婦を見ることもありません。

その後、先週植えた植物を見に行きました。
可愛い双葉がでていました。
ただ、多くの他の種類の植物も茂っており、草取り作業に汗をかきました。
とてもじゃなく、時間が足りませんでした。

そして、夜にパソコン作業をしていると虫に襲われ、コンピューターの画面そして私の体いっぱいにあらゆる種類の虫がこびりつき、やむなく断念。

そんな金曜日でした。

川原尚行

更新日時: 2007年07月21日
太陽光発電

4月に高校の先輩である永松さんがスーダンに来られて、一番必要なのはこれではないかと、日本で奔走されて寄贈していただいたのが、太陽光発電での冷蔵庫です。

本日、診療所の屋上に太陽光発電のパネルを設置しました。
冷蔵庫の稼動も確認できました。

冷蔵が必要な医薬品が診療所に置けます。今、必要なものはへび咬傷での血清で、雨季になるとこの患者さんが増えます。今までは、別の病院に患者を送っていたので、これで助かります。

永松先輩、本当にありがとうございました。

ところで、永松先輩はスーダンの村人から呪術師と思われています。なぜなら、永松先輩が、片手の親指を隠しておいて、もう一方の親指を引き抜いて、マジックに見せるものですが、村人はこれを事実だと認識し、それが呪術師に繋がっているものです。またスーダンでは「ナーガ」と呼ばれています。ちなみに「ナーガ」の意味は、メスラクダです。そんなこともあり、村人は永松先輩のことを忘れていません。

また、いつかスーダンにいらしてくださいね。

川原尚行

更新日時: 2007年07月19日
電気のない真っ暗な中でのブログ制作

泥棒の出たハルツームの事務所より、車で7時間かけてシェリフ・ハサバッラにある診療所に来ました。

泥棒騒ぎのときは、私は診療所におり、詳しくは分かりませんが、しげちゃんが後日詳細を記述することでしょう。

ハルツームで入手した新しいインターネット機器を用いて、電気のない真っ暗な村からインターネットに接続でき、これを書いている次第です。技術の進歩は素晴らしいですね。

今後、村の様子をこのブログを用いて、皆様にお知らせしようと思います。

今は、雨が降っています。気温は26度。今年のスーダンは降水量が多いようです。場所によっては、洪水によって犠牲者も出ているようです。同時に、この時期にいっせいに農民は種まきをします。ひえ、あわの類で、こちらではドゥラ、ドホンなどと呼びます。また、ごまもこちらの名産です。

私も先週、診療の傍ら、ある植物の種を植えました。鍬を持っての仕事で、久しぶりに手にまめができ、腰痛になりましたが、人力にしては、結構な範囲に植えられたと思います。

都合が良いことに、種植えをした後に、雨が降りました。本当にあとは天の恵に任せるしかなく、こちらの言葉の「インシャアッラー」と言う気分です。

明日は、診療所に新兵器を設置する予定です。また、報告しますので楽しみにしておいてください。

川原尚行

更新日時: 2007年07月18日
一人のとき、裏声で「大都会」を歌うのが好きです。 ? 藤井さんの言葉より ?

8日の夜中に雨が降り出した。
9日の明け方までそれは続いた。


窓に当たった雨粒は、ガラスを流れ落ちる。
そして、しまりの悪い全ての窓の隙間から
延々と部屋の中に水が流れてくる。


最近僕はタイルの床にマットレス(厚さ数センチのくたびれたスポンジ)
を敷いて、そこで寝ている。
ベッドはあるのだが、存分に寝返りを打てる床のほうが好きなのだ。


夜中に、かかととお尻が湿って目を覚ました。
雨が染みてきたのはわかったけれど
ベッドに戻る気力も無くそのまま寝続けた。


朝起きたらマットレスがぐっしょりしていた。
その上で寝返りもしていたから、体中が濡れていた。
浜に打ち上げられた不幸な半漁人のように僕はぐったりしていた。
まわりの床を見たら、水溜りができていた。


微妙な目覚めの気分で客間にいった。
そこの床も雨水に広く浸っていた。
床に投げられたマットレスの上には竹友さんが眠っていた。
びっしょりと横たわっていた。


部屋に入った水を雑巾に含ませて
それをバケツに絞るという作業を雨の中繰り返していたのだが
途中で力尽きたとのこと。


眠くなれば、水につかりながらでも眠れるものなのだな。
今まで知らなかった人の能力を発見した気がする。


荒井繁

更新日時: 2007年07月10日
スーダン渡航の手引き

スーダン渡航の手引き
(全て2007年6月時点の情報)


・スーダンのガイドブック
以下の3冊が発売されています。
日本ではアマゾン(http://www.amazon.co.jp)などを利用して購入できます。
「Bradt Sudan」
(英語。1冊全てがスーダンについてのガイドブック)

「Lonely Planet Africa on a Shoestring」
(英語。アフリカ各国についてのガイドブック。スーダンは10ページ程度)

「アフリカ―アフリカ大陸37カ国ガイド(旅行人)」
(日本語。アフリカ各国についてのガイドブック。スーダンは3ページ)


・日本でのスーダンビザの取得方法
在日スーダン大使館に直接行くか、旅行代理店を通す形になります。
詳しくは在日スーダン大使館ホームページ(http://www.sudanembassy.jp/)
に記載されていますので、そちらをご覧下さい。


・スーダン入国
スーダン到着前に機内で入国カードが配られます。
空港に着いたら、必要事項を記入した入国カードをパスポートコントロールに提出し、
パスポートに入国のスタンプをもらいます。
手荷物はX線検査をしてから受け取ります。

酒類の持ち込みは禁止されており、見つかった場合は没収されます。
また新品の電化製品を持ち込む際には関税がかかります。
私たちはカラプリンターを一台持ち込むのに25SDGを払いました。


・両替
空港内にも街の中心部にも銀行はあります。
スーダンの現地通貨であるスーダンポンド(以後SDGと記す)は
ドルやユーロへの再両替が難しいので、計画的に両替してください。

高額紙幣である50SDGや20SDGは街中では使いにくいので、
できれば10SDG以下に両替してもらったほうが良いでしょう。
(2007年6月現在 1USD≒2SDG)


・空港から街へ
ハルツーム国際空港は市街地の中心にあり、
ほとんどのホテルは5キロ圏内にあります。

空港内で待機しているタクシーは僅かな距離でも20ドル近くを請求してきます。
空港の敷地を出て大通りを走っているタクシーを捕まえれば、節約することができます。

有名なホテルに宿泊する場合でも、タクシーの運転手が場所を知らない事がありますので
事前にホテルの住所や電話番号を調べておきましょう。
また簡単な英語でも通用しない場合があります。
アラビア語の単語を少しでも知っていれば、必ず役に立ちますので、
時間があるかたは旅行に出る前に数フレーズだけでも覚えてみてください。


・外国人登録
入国したら3日以内に外国人登録をする必要があります。

ホテルに宿泊する場合、多くのホテルでは手続きを自動でしてくれます。
一応ホテル側に訊ねてみるのがよいでしょう。

友人知人の家、もしくは安宿に宿泊する場合は外国人登録を自分でしなければなりません。
まずアメリカ大使館近くにある外国人登録事務所に行きます。
そこで外国人登録用紙を1枚もらいます。それに必要事項を記入し、
加えてスーダン国内での身元保証人となってくれる会社等、
もしくは安宿からのレターを用意します。

パスポートの個人情報のページと、スーダン入国のスタンプが押されている
ページのコピーを1部ずつ、そして3センチ四方程度の顔写真を2枚用意します。
以降は窓口での指示にしたがってください。

外国人登録費用は、常に変わっています。
参考にしかなりませんが2007年6月の時点では、計90SDGかかりました。
ドル払いはできません。パスポートに登録のシールが貼られれば完了です。


・スーダン出国
入口を過ぎたところで、空港からの出国では空港使用税を払います。
空港使用税を払うと、航空チケットに「支払い証明」のシールが貼られます。
2007年6月現在では20ドルですが、念のために30ドル程度は用意しておきましょう。
SDGで払う事も可能ですが、その場合はドルで払うときよりも多少割高になります。

荷物をX線検査の機械に通します。

各航空会社のチェックインカウンターでチェックインをします。

パスポートコントロールで、出国手続きをします。

広い待合室には、小さな土産物屋、礼拝所、売店、喫煙室等があります。
ここではクーラーが効いていますので、最後に風邪をひかないように、
はおる物を一枚用意しておくと良いと思います。

搭乗前のチェックで、再び手荷物をX線検査します。
その後行き先別の待合室に行き、バスに乗って飛行機へと向かいます。

スーダンから日本以外の国へ行く際には、
黄熱病の予防接種の記録であるイエローカードの提示を求められる事があります。
各国の大使館もしくは使用する航空会社に問い合わせておいてください。


・旅の季節
スーダンの気候は非常に暑く、乾燥しています。
5月6月の酷暑の時期、それに続く雨季には病気も乾季に比べて多くなります。
暑い季節を避けたいならば12月か1月が良いでしょう。
この時期は朝と夜には長袖が必要となります。


・旅の服装
スーダンにはイスラームを信仰する人が7割近くいます。
また日差しも強いので、なるべく肌の露出は控えましょう。
男性の場合、Tシャツは大丈夫ですが、半ズボンは避けましょう。

女性は好奇の目を避けるためにも長袖のシャツに長いスカート、
もしくはズボンを着用してください。
空気が乾燥しているので長袖を着ても、服の通気性がよければとても快適です。
特に髪をスカーフで隠す必要はないのですが、
不快な目にあいたくなければ、やはり髪を覆ったほうがよいでしょう。
スカーフは市場で5SDGから売っています。

・治安について
外務省HP(http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/sudan/index.html) 等を利用し、
確認してください。


・その他
空気が乾燥しているスーダンでは、すぐに汗が蒸発してしまうので気づきませんが、
汗を大量にかいています。水を意識的に取るようにしましょう。
首都ハルツームでしたらミネラルウォーターのペットボトルはどこでも手に入ります。

体調に異変を感じたらすぐに薬局や病院に相談しましょう。
スーダン外で病院に行くときは、スーダン渡航暦のあることをきちんと説明してください。

更新日時: 2007年07月05日
床で寝たら虫にあちこちをかまれた。痒い。

スーダンの若者は携帯電話の機種名をたくさん覚えている。
たとえば僕の電話を見せて「この機種名は?」と聞くと
即座に「ノキアの1100」と返ってくる。

その場にいた友人たちの携帯5つを並べて、
みんなに答えてもらった。
どれも異なっていたにもかかわらず、全員が全ての機種名を知っていた。
それぐらい興味を持っているわけだ。
聞いてみたら「若者なら、みんな大体10から30は覚えていると思うよ」とのこと。

ブランド物というのは多くなく、
服も靴もカバンも市場にズラーっと並んでいる中から買う。
若者が身に着けている物は大抵が海外から輸入した無名の品だ。
仮にP○MAやN○KEのロゴがついていたとしても、
ほとんどはオリジナルに似せて作られた物である。
(僕はブランド物に価値を見出していないので、別にそれでいいと思っているが)
だから、やはり若者にとっても携帯電話は差をつけるのにもってこいなのかもしれない。

そうそう、最新の機種には
デジタル化したクルアーン(コーラン)を文書データとして入れることもできる。
画面に映ったクルアーンを読誦している友人を見たときは驚いたものだ。


携帯電話のマナーはゆるい。
以前豪奢なホールに著名な人の演説を見に行ったのだが、
その演説中にいくつも携帯電話が鳴っていた。
そして誰も注意はしない。

僕の前の席に座っていた初老の男性のポケットからも機械音が鳴った。
彼はサッと手を伸ばしたので、すぐに切るのだと思ったら
すばやく耳に当て普通にしゃべりだした。

厳かな雰囲気のホールにスピーチが響く。
その中にあちこちから聞こえる呼び出し音が混じっていた。


荒井繁

更新日時: 2007年07月04日